怒りの矛先(5)
エレンが率いる部隊が港に到着したのは、ザメクが船で逃走してから1時間ほど経ってからのことであった。
「そうですか・・・ザメクは所領に・・・」
「ああ。すまんな、宰相殿。今、船を集めさせてる。十分な数の船が揃い次第、すぐに出港して奴を追い詰めよう」
意気込んで言ったルシウスだったが、エレンは冷静な表情になって言葉を返した。
「いえ・・・2、3日、ここで軍を休ませましょう」
「何?せっかくの好機だぞ、奴が所領に逃げちまったら・・・」
ルシウスの言葉を遮るように、エレンは自身の考えを述べた。
「確かに、今追撃すれば、所領につく前にザメクに追いつけましょう。なれど、相手は海賊の頭領、船戦には慣れているはずです。そうなれば、我らは数が劣る敵の前に、敗北を喫するかもしれません」
「・・・そうだな。父上、エレンの言うことはもっともです。この国で、一番船戦に通じているのはザメクでしょう。相手の有利な状況で戦うのは危険です」
エレンの考えを察したトールが、血気に逸る父を引き留めるように言った。
「それに、ここに数日留まっていれば、ランス殿とゴードン殿の部隊も追いつきましょう。さらには・・・」
「分かったわよ、エレン。兄さんが来るのを待っているのね?」
カレンの言葉に、エレンは力強くうなずいた。
「そうだ。もうすぐ、ダンが我らに合流しましょう。陛下はおそらく、ザメクを逆賊と認める勅命を、ダンに預けてくださいましょう。その勅命さえあれば、名実共に我らは官軍。逆賊のザメクを討つ、正当な戦とすることができます」
「・・・分かった。ここはお前さんに従おう」
ルシウスが認めたことで、エレンたちは数日間、軍勢を港に留めた。エレンの予想通り、各地でジャンヌに味方した勢力の掃討に当たっていたゴードンとランスが、ザメクの起こした事件を聞きつけて港に駆けつけた。
「宰相殿、遅れて申し訳ございません。各地の領主の反抗に、少し手間取りましてな」
「いえ・・・駆けつけてくださっただけで、十分感謝しております」
「それにしても、おぬしも賢くなったのう。すぐにザメクを追うのではなく、奴が得意な船戦を避ける策を採るとは」
ゴードンの言葉に、エレンは気恥ずかしそうな微笑を浮かべて応えた。
「私は、船戦など経験したこともありません。敵の土俵に乗るのは、得策ではありませぬ」
「そうじゃな・・・うっ、げほっ、ごほっ!」
「ッ!ゴードン殿!?」
急に咳き込んで前のめりになったゴードンの体を、エレンが驚きながらも支えた。
「すまんのう・・・何せ見ての通り、わしも齢じゃ。これが、最後の戦かもしれん」
「そのような弱気なことを・・・ゴードン殿は、我ら四将軍・・・いえ、ザメク殿が裏切った以上、もはや三将軍でございますな。ともかく、ゴードン殿は我らの筆頭。まだまだ、現役で戦うお姿を見とうございます」
ランスの言葉に、ゴードンが弱々しい笑みを浮かべて応えた。
「ふふ・・・口が上手くなったものよ、おぬしも・・・」
と、その時。エレンたちのもとに、1人の兵士が伝令として駆けつけた。
「宰相殿!港に辿り着いた船に乗っていた者が、宰相殿にお目通りを願っておりまする!」
「分かった、すぐに会う。・・・一体、何者だ・・・?」
困惑しつつも、エレンはすぐに、その者と会うことにした。エレンが姿を見せると、彼とあまり齢が変わらない青年が、喜びの表情で声を上げた。
「お初にお目にかかりまする!!私は東部ガルナダの漁師、ジェイル・ベルークと申します!!」
「エレン・アルフォードである。ガルナダということは、ザメクの所領か?」
「いかにも。実は数日前、我が友、マイス・コーウェンなる者が、ガルナダの領民と共に反乱を起こしましてございます!!」
「は・・・反乱!?」
思いがけない事態に、エレンが口をあんぐりと開けた。それを見たジェイルが慌てたように、エレンに事の次第を説明した。
「いや、決して誤解なさいますな!!我らはただ、ザメク・ルア将軍の傍若無人ぶりに耐えかね、やむにやまれず反乱を起こしたのでございます!!この港で耳にいたしましたが、ザメク将軍はジャンヌ殿の乱の後、各地でも非道の限りを尽くしているとか。そのような男に、我らはこれ以上従えませぬ!どうか、この反乱、宰相殿の寛大なお心でお許しくだされ!!」
大声で叫ぶと、ジェイルはがばっと頭を下げた。一方、その言葉を聞いたエレンは、目の前に光明が見えたような気分になった。
「いや・・・よく反乱を起こしてくれた!これでザメクは、所領に帰ることができなくなった。感謝するぞ、ジェイルとやら!!」
「いえ!!反乱を起こしたのは、我が友マイス・・・」
「宰相殿!ダン殿が戻られました!」
ジェイルの言葉を遮るように、兵士の1人がエレンに報告した。
「おお、来たか!すまぬなジェイル、少し外す!」
「はっ!反乱をお許しいただけるのなら、いつまででも待ちまする!!」
エレンは早速、ダンに会うことにした。ダンはエレンの顔を見ると、得意げに笑みを浮かべて1枚の紙を差し出した。
「エレン!陛下のご命令を預かってまいったぞ!!」
紙をダンから受け取ると、エレンは素早く書かれた文字に目を通した。そこにはザメクを逆賊と認め、エレンに討伐を命じると記されていた。
「よくやったぞダン!!これで、ザメクは袋の鼠となった!!」
エレンは手の中の紙を握りしめると、周囲の味方に叫びかけた。
「出港だ!!これより直ちに、ガルナダに向かう!!」
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