第四十四話:異世界に一緒に来た友人たちが仲違いしそうです。
わたくしは友だち少ないんですけれど、長く続いてる子は数名いるんですよ。
いつかどこかで聞いた、「年越しに会っても昨日の続きのように遊べるのが友だち」って言葉にそうだねぇって思います。
まぁ、単純にものぐさでこまめに連絡を取るようなマメさがないから、似たような子が手元に残っただけの話なんですけれど。
でも残ってくれてるだけありがたい話なので、大切にしていきたいと思います。
なんの話や。
商会の問題は流石に一日で解決するものではなく。私が要求した通り、商会には監査が入るようです。事実確認が終わるまで従業員は全員、騎士団で身柄を拘束されるそうです。問題がなく、不利益を被っていたと判断された方々は順次解放される予定だとか。
ここ数年、黒い噂が囁かれており、実害報告が聞こえ始めたところだったようで、騎士団の方で厳しく追及していくそうです。そのことに安堵しつつ、確実に安心はできない状況ではあるなと思います。商会そのものが潰れなくても、間違いなく悪評は立ちますから。どうにか、不利益を被った平民たちが立ち行かなくなることだけは避けられるようにしてほしいと思います。
「おはよう」
「おはよう、今日も早かったね」
「うん。ちょっと頑張って起きた」
ブラッドの報告を聞きながら朝の身支度を終え、食堂に向おうとしたら明香里が駆け寄って来ました。まだ眠たそうですけれど、ちゃんと早起きするようになったのは本当に偉いと思います。元々、朝弱い子でしたし。
「アレンって、いっつもどれくらいに起きてるの?」
「1つ目の鐘が鳴るちょっと前くらいかな。陽が登るのを眺めながら歌うの、気持ちいいんだ」
「……そこまでは頑張れない」
「無理して真似しなくていいと思うよ。明香里には明香里のペースがあるんだから」
「うん……」
頑張れる範囲で頑張らないと、嫌になってやめちゃうだけですからね。だから何度注意しても、サボり癖は抜けなかったわけですし。でも異邦にいた頃だって、明香里なりに努力しようとは思ってたのかもしれません。ただ、きっかけが中々つかめなかっただけで。異世界転移っていうのっぴきならない事情がないとつかめないきっかけって言うのも、どうかとは思いますが。……そこは人のこと言えたものじゃないか。私だってその良くない大学生の一人だったわけですし。
「でもなんで急に頑張ろうって思ったの? ちょっと前は頑張りたくないって伸びてたじゃん」
食堂の定位置について、聞いてみます。明香里は眠そうに目を擦りながら曖昧な声を零しました。話したくないってことでしょうか。それとも、どう話そうか迷ってる? どっちだろう。
「今日さ、フラーディアだっけ、行ってもいい?」
「講義は?」
「今日はお休みする」
「そう……? 大丈夫ならいいけど」
ここだと話しづらいこと、かな。明香里のほうがフラーディアのメンバーより付き合い長いはずなのに、何考えてるかわからないです。この子なりに色々考えてはいるんでしょうけれど。まぁ、オフィスに行けば何かわかるでしょう。遅れてやって来たみんなと挨拶をしながら朝食を食べ終えて、私と明香里は先に食堂を出ました。
オフィスには既にみんな揃っていて、早速今日からコンチータも仲間入りのようです。清一郎さん、本当に仕事が早くていらっしゃる……。
「おはよう、みんな。今日、お客さん来てるから」
「お、お邪魔します。アカリ・ヨシダです」
挨拶をすれば、4人は明るく挨拶します。空いてる席に座るように言って、とりあえず、まずはみんなと業務連絡。
「昨日のこと、流石に数日で収まる話じゃないみたい。頼んでた家具、相当遅れるだろうから、しばらくはこの状態かも。カタリナの作業机だけはどうにかしたいんだけど……」
「あ、そうですね……。そろそろデザインが固まって来たので、型紙の制作の作業に入りたいです」
「それなら私の家で使っていない作業机があります。そちらを寄付しますよ」
「アタシの方でも、使ってなくて使えそうな棚や本棚を持ってきますわ。流石にずっと何もないのは不便ですから」
「本当? だったら助かる。どんなものをどれくらい寄付してくれるのかはまとめておいてくれる?」
「わかりました」
「カタリナはいつまでに作業机があった方がいい?」
「そう、ですね……。来週までには、でしょうか。デザイン画の清書がまだで、それができたら、アレン様に最終チェックをお願いしたくて。それが終わったら、布や糸を見に、城下に行きたいです。必要な素材を仕入れるのに、数日はかかると、思うので」
「わかった。今週末に搬入できたら一番いいって感じかな。必要な素材も、何をどれくらい仕入れるとかはメモしておいてね」
「城下に行くときには声をかけて下さい。わたし、一緒に行きますよ」
「ありがとうございます、シルヴィアさん。まずはデザイン画を完成させますね」
「楽しみにしてる。じゃあそっちはそんな感じでよろしく。リリーはこれ、清一郎さんから図書室3階の入場権限貰ってきたよ。必要ならブラッドに声かけて連れて行ってくれていいから。いいでしょ?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう。それなら今日は一日、そっちにいる。午前中はブラッドを借りる。7つ目の鐘が鳴る頃に返すから。わたしは終業時間前には戻ってくる」
「わかった、何かあったらそっち行くね。メリッサとコンチータの予定は?」
「アタシは前から交渉していた薬草の株とマウスを引き取りに行きますわ。エルネストさんを借りたいのだけれど、よろしいかしら?」
「もちろん、むしろ連れていってあげて」
「ええ、剣の素振りばかりで飽きていたところです。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。それじゃあ、頼りにするわね」
「私は昨日、教えていただいた魔道具の構造を考えてみようと思います。ある程度固まったら一度見て頂けますか?」
「いいよ、こっち何してても構わず声かけてくれていいからね。他に何か報告ある人いる?」
「アタシから一つありますわ。昨日、聖女教育用の参考書をお願いした夫人、やる気満々で早速着手してくれるそうですわ。来週末までに完成させるなんて意気込んでおりました」
「本当? 対抗心ってすごいね。お礼言っておいて」
「ええ、朝一番に返事を出しておきましたわ」
「流石、ありがとうね。他にはない? ……じゃ、今日はこんな感じでやってこうか」
「「「「はい!」」」」
返事が上がれば、みんなはすぐに作業に移ります。シルヴィアたちは今のところ、サポートに入ってもらう形になってますけれど、いい人がいたらお手伝いさん増やしてもいいかもしれないですね。メイドとか、執事とか、後から増やしていいって国王陛下から言質もらってますし。貰えそうな人材であれば、声をかけてみるのはありですね。
「さて、お待たせ。ごめんね、放っておいて」
「ううん、大丈夫。なんていうか、アレン、本当にすごいね」
「そうかな、基本はみんなにお任せで、結果が出るの待つだけだから」
お茶を飲みながら待ってた明香里の目の前の席に座り直します。早速部屋を出ていくリリーとブラッド、メリッサとエルネストを見送って、私は明香里に向き直りました。こうして相対して座るの、久しぶりかもしれません。こっちに来てからは基本、横並びでしたし。食堂の並び順も、明香里と成美が両隣です。昨日、馬車に乗った時も隣は明香里でした。正面から顔を見てみれば、ちょっと元気ないように見えます。
「何かあった?」
「……昨日、美雨と喧嘩になったの」
「また美雨と成美で余計なこと言い合ったの?」
「ううん、わたしが喧嘩した」
「えっ、明香里が? 成美じゃなくて?」
「うん、わたしが」
思ってもない話題でした。大人しくてあまり気の強い方じゃない明香里が誰かと喧嘩するなんて、初めて聞きました。美雨と成美はよく喧嘩するんですけれどね。揃って気が強いし、ちょっと方向性違うから反りが合わない部分は徹底的に合わないので。よくその仲裁しました。懐かしいって思うのは、こっちにきてから喧嘩してないからですかね。
「だから朝、美雨あんなに機嫌悪かったわけか」
「うん。しばらくはあんな感じだと思う。あんまり顔合わせたくないなぁ……」
「ひょっとしてそのことで相談したかった?」
「そんな感じ。それに、喧嘩したの、アレンのことだったから」
「……私?」
これには純粋に驚きます。誰も私のことなんて気にしてないと思ってました。向こうは向こうで好きにやってるんだろうって。はてなマークが頭の中を駆け巡って目を丸くする私に、明香里は可笑しそうに笑いました。
「アレンって、本当にわたしたちのこと気にしないよね」
「気にしてないわけじゃないけれど……。そっちだって、私のこと気にしないじゃん?」
「そんなことないよ。みんな、アレンのこと気にしてるよ」
「……そうだったんだ」
勝手にやってるから、こっちも勝手にやってていいやって思ってた……。お互いに好き勝手にやっては、巻き添え喰らったり、知らない内に終わってたりっていう、つかず離れずの関係だったんですよね。こっちに来ても変わらないだろうって思ってたのは、どうやら間違いだったようです。
「ごめん、みんなのことどうでもいいって思ってたわけじゃないの」
「ううん、大丈夫。それはわかってるから。どうでもいいって思ってたら、こうやって相談に乗ってくれないでしょ」
「まぁ、そうだね。えぇっと……、美雨は私がみんなのことどうでもいいって思ってる、って考えてるってこと?」
「ちょっと、違うかな。『アレンはズルい』って言うから、そんなことないって反論したの」
「ずるいって……、フラーディアのこと?」
「ここだけじゃなくて、他にもいろいろ」
いろいろ、に含まれるのは何処から何処までなのか……。講義を免除されてることと、フラーディアと、あとはなんだ……? 羨ましがられるようなことってそんなにないと思うんですけれど。難しい顔をしたからか、明香里は一つ感嘆を零してから口を開きました。
「喧嘩になるまでの経緯から説明するね」
そう言って、明香里は昨日のことを話し始めます。
・・・
(Side:A.Yoshida)
「楽しみにしてたのに……」
馬車に乗り込んで、美雨が言う。物凄く不満そうな顔をするのに、わたしも成美も頷いた。だって、わたしたちが暮らす家ができたっていう話で、どんな家になるのか楽しみだねってみんなで話してたから。
床がフローリングじゃなかったのは仕方ないにしても、その後が悪かった。あのおじさん達、アレンのことをよく思ってない人だったみたいで、バカみたいな嫌がらせをしようとした。結局は返り討ちに遭って、ざまぁみろって思ったけれど。でもそれですっきりするようなこともなくて。だから楽しみだった気持ちを台無しにされただけで終わった。
「前にもあったわね、こんなこと」
「蝋印のデザインお願いしたときだっけ。あの時も、最初に来た人がアレンのこと攻撃したんだよね」
「もうこんなことあるのイヤなんだけど。アレンも本名名乗ればいいのに」
美雨は窓の外を見ながら言う。たぶん、後ろの馬車を見てるんだと思う。わたしたちが乗ってる馬車の後ろをついてくる馬車に、アレンは乗ってる。魔道具ってこっちで言われてる家電をお願いした家の女の子に誘われて、そっちに乗ったから。どんな話してるんだろう。
「わたしたちがアレンって呼ぶから、今更、本名にできないとか?」
「なんで? ウチらが呼ぶのとアレンが自分で名乗るのは関係ないじゃん」
「まぁ、本人もいいフィルターだって言ってるし、好きにさせておけばいいんじゃないの」
「でも巻き込まれる方はたまったもんじゃないじゃん」
「そうだね」
正直、こんなことがこれからもまだあるって思ったら、ちょっとイヤだなって思う。なにも悪いことはしてないのに、悪いことした気にもなるし。アレンは気にしてないけれど、わたしたちにもこんなに迷惑かかってる。本城に戻ったら、本名で名乗るようにお願いしよう。
「なんでアレン、あんな平気そうなのかな。ウチらこんなに迷惑してるのに」
一度、不満を口にしたら言いたいことは全部言うつもりらしい。美雨はすごく怖い顔で後ろの馬車を見てる。平気ではないと思うけど……、でもわたしたちのこと、あまり気にかけてないのは確かにそうかもしれない。わたしたちとお喋りするのはご飯食べてるときくらいになっちゃったし、それ以外のときはこっちの世界の人とばっかり。
「ウチらのことどうでもよくなったのかな」
「そんなことないと思うわよ、流石に」
「でもそう思うでしょ? 明香里だって」
「う、うぅん……」
美雨に強く言われて、咄嗟に曖昧な声が出た。思ってないけれど、でもそうなのかなってちょっと考えちゃう。
「なんかいいことも悪いことも、全部アレンにばっかりって感じがする。ウチらだって同じようにこっちの世界に誘拐されたのに」
「……そうだね」
「それはもう言いっこなしでしょ。どうせ元の世界に戻れるわけでもないんだから、諦めて就職先考えなさいよ」
「でもアレンばっかりズルくない?」
それに成美は答えない。でも、同じことは思ってるのかもしれない。あんまり表情は明るくない。わたしも、ちょっとそう思っちゃう。デビュタント前の王子様やお姫様ともいつの間にか仲良くなってたし。王子様に晩御飯に誘われたりもしてる。自分の直属の部署を持ってたりもするし、攻撃される時もあるけれど助けてくれる人がいる。わたしたちの中では一番頭もいいから、もうすでに講義は受けなくてもいいってお墨付きをもらってる。だから自由時間も多くて、午前中は教室にいない。なんだか贔屓されてるなって感じ。羨ましいとは思う。
「最初に聖女になるって決めた時もさ、アレン一人で決めちゃったし。なんか一言くらい相談してくれたってよかったじゃん。しかも先に聖女になるって王様に言いに行っちゃうし。ウチらが決めるの待ってもくれなかったじゃん」
「え? あ、うん、そうだったね」
「しかももう魔法も使えるんでしょ? 自分の部署も持ってるし、講義も受けなくていいって言われてるし。お披露目パーティの時にも貴族の子、ずっと隣にいたじゃん。王子様に晩御飯誘ってもらったりさ、光代さんたちもアレンのこと一番褒めるし」
「う、うん……そうだね」
わたしがちょっと考えたことを、美雨はどんどん口にしていく。……美雨って、こんなにイヤな子だったっけ。確かに、ちょっとワガママなところがあって、ないものねだりとかもよくするけれど。でも、こんなに友達のこと悪く言うような子じゃなかったと思う。ってことは、同じこと考えたわたしも、イヤな子かもしれない。
隣の成美が凄く怖い顔してる。人の愚痴とか、悪口とか聞くの好きじゃないし、成美は一番アレンと一緒にいる時間長いから面白くないんだ。どうやって止めようと思ったところで、馬車も止まる。本城に帰って来たみたい。良かったって思いながら馬車を降りる。少し遅れて来たアレンは、一緒に降りてきた貴族の女の子と一緒にオフィスに行くからって言って先に行っちゃう。
楽しい話をしてたみたいで、表情も雰囲気も明るい。気落ちしてて、悪口ばっかり言ってたわたしたちとは全然違う。羨ましいなってやっぱり思う。
「やっぱりズルい」
よく使ってる部屋に来て、美雨が同じことを繰り返した。隼と宗士はなんのことかわかってない顔。でも、美雨も成美も説明する気がないみたい。わたしも説明できない。
「そう思うのはいいけど、いい加減くどいわよ」
「でもウチら同郷なんだから、協力して頑張ろうって思ってくれないのは酷いと思う」
「なんの話だ?」
「アレンばっかり贔屓されてるって隼も思うでしょ?」
「あ、ああ……、確かにアレンが一番色々やってるよな」
美雨の勢いに押された隼が頷く。共感したら少しは機嫌が良くなるから、隼は美雨の言うことあまり否定しない。でも今日の美雨はそれで機嫌を直したりしないみたいで、不満そうな顔のまま。やだなぁ……、この重たい空気……。アレンがいたら、仲裁してくれるのに。
そう思って、ハッとなった。アレンのこと悪く言ってるのに、アレンに仲裁してもらうの? 機嫌が悪い美雨の相手は、あんまりしたくない。それはたぶん、みんなも同じ。だから隼と成美は通り過ぎるまで待つし、宗士は余計なこと言わないように他人事決め込んでる。わたしはずっと聞き役に徹して、早く終わってくれないかななんて思う。
でもアレンは。アレンだけは、いつでも美雨の相手をして、機嫌を直すように言ってくれた。アレンだって相手したくてしてるわけじゃないのに。率先して、貧乏くじを引いてくれた。
「本当に、ズルいのかな」
「どういう意味?」
勇気を出して言ってみたら、すごく怖い声を出された。怯みそうになるけれど、どうにか頑張って声を出す。
「だって、ああやって攻撃する人、他にもたくさんいるはずでしょ? わたしたちが知らないところで、アレンはもっとたくさん、色んな人にいろんなことされてるかもしれないじゃん」
そういえばこっちに来てすぐ、アレンのスマホをメイドさんが持って来たことがあった。あの時はどこかに置き忘れたって言ったアレンの言葉を信じたけれど。でも、セキュリティ意識すごく高いアレンがスマホを置き忘れたところなんて、一度も見たことがない。絶対忘れるから、ポケットかカバンに入れるようにしてるんだって聞いたことある。そんなアレンが何も知らない場所でスマホを置き忘れるなんて、あり得ない。
「苗字がない平民より下の人って、想像できなかったけれど。誰に何をされても文句言えない人たちのことかも。ホームレスとか、奴隷とか、そういう感じじゃない? それでもめげずに頑張ってたら、そりゃ誰だって応援するよ」
「だったら、なんでウチらに相談してくれないの」
「わたしたち、アレンの相談に乗ったことってあった? こっちから相談することあっても、逆はなかったよ」
「でも相談してくれたら一緒に考えるし。一人で先行っちゃうことないと思う」
「置いてかれるのは確かに、寂しいけれど……」
「ほら、明香里だって同じこと思ってるじゃん」
「同じじゃない、わたしは美雨みたいにアレンのこと悪く言いたくない!」
思わず強く言い返したら、流石の美雨も驚いたみたい。目を丸くする。でもすぐに言い返してきた。
「ウチだって悪く言ってるわけじゃない! ウチらになにも言わないで勝手にやるから困るって言ってるだけ!」
「そもそもなんでいちいち美雨にやること言わなきゃいけないの! アレンはアレンがやりたいことやってるだけなのに! 置いてかれるのがイヤなら美雨だって何かすればいいじゃん!」
「何すればいいかもわかんないのに何しろっていうのよ!」
「アレンだってそれは同じでしょ! でもいろんな人と交流して、自分ができること見付けてるからああやって自分の部署作ってもらえたんでしょ!」
「でも明香里だって何もしてないじゃん!」
「確かにまだ何もしてないけれど……! やるもん! わたし、この世界で義務教育制度作るって決めたの!!」
「は?」
「えっ、何それ」
「マジで?」
勢いに任せて言えば、今度は隼たちのほうが驚いた声を出した。アレンとの会話でちょっと話題に出ただけのこと。みんなにはこの話をしなかった。やる気もなかったし、できるとも思わなかったし。でも、何をすればいいかもわからないのに、何かをしてるアレンのことを考えたら、わたしたちだってなんでもできるかもしれない。潰えた夢を、叶えられるかもしれない。
アレンばっかり贔屓されてるんじゃない。アレン自身が頑張るから、その頑張りを認めてる人がいる。本名を名乗らないのは、そういう偏見とか関係なしに頑張りを認めてくれる人かどうかの為のフィルター。きっと、それだけの話。
「アレンは何もズルくない! 何もしてない美雨とは違う! わたし、美雨みたいになりたくない!!」
……言っちゃった。でも、もう撤回できないし、したくもない。泣きたくなる。でも堪える。
「わたしも先に行くから!」
居た堪れなくて、捨て台詞みたいなこと言っちゃった。そのまま部屋を飛び出して、自分の部屋になってる客室に向かった。
・・・
話し終えた明香里は湯気の消えた紅茶を飲み干します。……思ってたよりがっつり、私絡みだったんですね。っていうか、私、美雨にそんな風に思われてたのか……。ちょっとショックというか、美雨にそうやって非難されるほど、何かした覚えはないんですけれど。
あ、いや、逆か、何もしなかったからか。そう言われても、知ったこっちゃないっていうのが正直な感想ですが……。美雨のワガママには大分付き合ったと思うんだけどなぁ?
「あの集まり、隼と美雨が中心だと思ってた」
一通り話して落ち着いて、明香里は更に続けます。
「隼が率先して動いて、美雨があれこれ意見出して、宗士が乗って、アレンと成美がストッパーになって、わたしはそれについて行く。だから、隼と美雨がいるから集まってるんだと思ってたの」
「うん、私もそう思う。隼がリーダーだし」
「でも違った。中心はアレンだった。アレンがいなかったら、わたしたちは何も上手くできないんだって、昨日の喧嘩で気付いた」
それは過言だと思いますけれど。でも緩衝材っていう自負は、なくはなかったかな……。喧嘩しても自分が間を取り持って仲直りさせればいいやって思ってましたし。喧嘩する組み合わせも、理由も、内容も大体決まってましたしね。友だちだからって思ってやってあげてたことが、裏目に出た結果でしょうか。
「わたしたち、アレンに甘えてたんだね。アレンがいてくれたら大丈夫、アレンがなんとかしてくれる、アレンならどうにかできる。そう思ってなんでもアレンに頼ってた。でも、アレンがいなくなって頼れなくなったら、上手く行かなくなって、アレンの所為になってる。……おかしいよね」
なんていうか、追放系のライトノベルみたいなことが起きてますね。別に私は追放されてはいませんし、あの集まりから抜けたつもりもありませんが。それに何も上手く行ってないなんてことにはなってないだろうし、もし、そうなるのだとしてもまだ先のことです。誰も何も始めてないんだから。……後戻りできなくなる前に、自力で道を模索する術を見付けられると思えば、いいんでしょうか。
「うん、明香里の言う通りだと思う」
頷けば、明香里は視線を落としました。だよね、とどこか落胆したように言います。
何処か一点に集中して寄りかかれば、そこが崩れた時、全部が崩壊する。寄りかかられてたと、思ってなかったのも悪かったんですね。割と投げっぱなしだったと思うんだけどな。こっちに来てからの問題は基本、私を中心に起こってたから、自力で解決したことばかりですし。助けを求められたときに口を出したりはしましたけれど、それまでは放っておきましたし。……それでも私がいる、頼ればいいっていう意識があるから悪いっていう話か。仕方ないなって言いながら間に入ることも間々ありましたしね。それが悪かったのか。うーん、匙加減が難しすぎる……。
「だから、しばらく近づかない方がいいと思う。美雨、たぶん機嫌悪いままだし、アレンが入ったらややこしくなると思うから」
「明香里もしばらく離れたらいいよ、お互いに頭冷やす時間は必要だろうし。教えてくれてありがとう」
「ううん。むしろ今までずっと、甘えててごめん。美雨も気付いてくれたらいいな……」
「しばらくは難しいと思うなぁ」
意固地になった時の美雨は本当にいつまでも引き摺りますから。まぁ、今回ばかりは彼氏に頑張ってもらいましょう。私は何も悪くないし、そもそもこの世界での身の振り方は各自で決めようと最初に言ってます。ここにきて同調圧力かけられるとは思いませんでしたし。
「それでね、相談はここからなんだけれど……」
「食事の時や講義でどうやったら顔を合わせずに済むか?」
「そう」
当然と言えば当然の相談ですね。私も関係ある話ですし。そこまで言われて美雨と今まで通り接する自信は流石にありません。せめてほとぼり冷めるまで接触は最低限にしたいです。
「講義に関しては別で雇うのが一番じゃないかな。レベルに差が開きすぎて、ついて行くのが大変だから別で教えを乞いたいって言えば、手配してくれると思う」
「なるほど……。そういえばさっき参考書がどうとか言ってたけれど……」
「座学の方は参考書あれば独学でいけると思って。ほら、もう教えることないって手離されたじゃん」
「そうだったね。アレン、教えてもらってないところのテストでも満点出したもんね。……あれもイジワルだったのかな?」
「たぶんね。だって、この世界のお金のこととか、国の外のこととか、魔獣のこととか教えてもらってないし」
「あっ、確かに……。それを補填するために、自分で参考書作ろうとしてたの?」
「そういうこと。英雄・聖女教育できる人はあの夫人だけじゃないから。メリッサ、あの銀髪の人の知り合いに丁度伝があったから、作ってもらえるようにお願いしたんだ」
「アレンって、本当にたくさんのこと一人で頑張ってたんだね」
「一人じゃないよ。ここに仲間がいて、手を貸してもらえるから頑張れるの。それにさっきも言った通り、基本はお任せで結果が出るのを待つだけだから」
「……そっか」
明香里は少し考えて、それから顔を上げます。話している間も俯いていたわけではないんですけれど、前向きになったんだなって思います。
「マナー講座は新しい人お願いして、アレンも一緒にその人に教えてもらおう。もし、アレンのこと悪く言う人だったら、わたしも怒るから」
「あははっ、ありがとう。助かるよ」
「あと、参考書が出来たらわたしも使っていい?」
「もちろん。そもそも物がよかったらみんなにも回そうと思ってたものだから、一緒にそれ使って勉強しよう。2人なら嫌になることもないだろうし。」
「うん。あと、座学はお休みする。参考書ができるまでの間も聞きに来ていい?」
「いいよ、明日から真っ直ぐオフィス来ようか。わからないところとか、知らないところは実際の貴族がいるわけだし。マナー講座も新しい人が来るまでお休みでいいんじゃないかな。信明さんなんか、教育が始まって3日でサボり始めたっていうし、多少は許されるでしょ」
「信明さんが? ちょっと信じ……られなくはないかな」
冗談みたいに言って、2人で笑います。どうしたらいいか、自分でちゃんと考えようって決めたみたいですね。……どうでもいいと思ってたわけじゃない。勝手にやるもんだと思ってた。でも手を放すタイミングは早すぎたんですね。頼りきりにされてるとも思ってなかったから、振り切っちゃったんでしょう。それでも、こうやって自分の足で歩き出せるだけのものは持ってる。どこまで行っても、世界は必然で成り立っているのかもしれませんね。
「聖女教育は新しく人が雇えるまではしばらく休んで、その間はフラーディアのオフィスで自習するって感じかな」
「うん、大丈夫かなって、ちょっと心配だけど……」
「来月中までは誘拐云々の補填が有効だと思うよ。それで調整付けてもらえるように、自分の執事に仕事振ってごらん」
「あ、うん。えっと……」
ちょっと困った表情になって、それでも明香里は私に助けを求めるでもなく自分の執事を振り返りました。私を睨んでた割に、明香里が振り返った瞬間に柔らかい表情になります。……まぁ、今更だ。精々、明香里に見切り付けられないよう上手く演技をすればいいと思います。
「今の先生だと、ついていくの大変だから、違う先生をつけてもらえるようにお願いしたい。新しい先生がくるまでは、アレンの直属の部署で、自習するつもりです、って、えぇっと、国王陛下? に、お願いしてくれる?」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀して、執事は早速部屋を出ました。不安そうにこっちを見たのに、大丈夫だと頷きます。ホッとしたのか明香里は表情を和らげました。私も同じことを頼もうとシルヴィアを見れば、心得ているとばかりに一つ頷いてくれました。本来は執事の仕事ですが、すぐに動いてくれます。流石、頼りになりますね。
「アイコンタクトで動いてくれるの、すごいね」
「私の使用人はみんな優秀だから。明香里も人を使うことに慣れたら同じことできるようになるよ。結局は信頼関係だから」
「信頼関係が一番難しいと思うけれど、うん、がんばる。義務教育制度、作るしね。相談したときには、乗ってほしいな」
「もちろん。協力させて」
頷けば、明香里はやっといつもみたいに笑いました。何かが解決したわけではないですけれど。でもそのために踏み出せたことには違いない。あとはこの世界で義務教育制度を作るための仲間を集めることができれば、明香里は大丈夫でしょう。心配するべきは美雨と、そっち側にいる3人ですね。まぁ、ボロクソ言われて助けてあげようとは思わないので、明香里みたいに相談しに来たら考えましょう。勝手に解決するならそれもよし。ほとぼり冷めるまでは静観ですね。できるなら丸く収まってほしいなぁって思います。異邦から一緒に来た友だちであることには、違いないですからね。




