第四十三話:異世界のいじめ問題は規模が違います。
楽しくなっちゃって、過去最長かもしれないです。
なにもここまですることなかったかもとは思いますけれど、困難の壁は高い程面白いのはそう。
如何にそれを乗り越えるかが物語の胆です。
やりすぎると、どう乗り越えようかで頭抱えるハメになるんですけれどねぇ……。
午後、8つ目の鐘が鳴る頃。私たち異邦人は馬車に乗って王宮の本城を始めて出ました。以前、ヴォイノフ建設商会にお願いしていた離宮が完成したとのことで、今日は家具や魔道具の搬入があるそうです。離宮のお披露目して、家具のレイアウトを私たちが自分で主導するそうです。まぁ、内装は実際に使う人間が決めた方が好いですからね。後で模様替えするにしても、好きなように決めたいのは当然のことです。
私たちは馬車二つに分かれて乗っていて、私と一緒にいるのは明香里と成美です。美雨と隼と宗士が乗っている馬車が前を行って、周りを護衛騎士の方たちが馬に乗ってついて来て、後ろは使用人が乗った馬車が並びます。
「参勤交代ってこんな感じだったのかな」
「馬車には乗ってないから違うんじゃない?」
「あれは徒歩だったからね。ほぼ一日中小走りだったらしいよ」
「えっ、そうなんだ」
「よくもまぁ、そんなわけわかんないことやってたわよね、昔の人たちって」
馬車に揺られながら、適当に雑談します。馬車は思ったよりも揺れなくて、魔法で衝撃を吸収しているみたいです。サスペンション技術なんてあるわけもない、車輪に箱が乗っているだけの馬車だったので揺れが心配だったのですが、安心して乗れて心の底からホッとしてます。まぁ、外からタイヤが回ってるガリガリー! って音がすっごいしてるんですけれどね。心臓に悪い音。まぁ、5分も乗っていればBGMと成り果てましたが。
窓の外を見れば、並走しているエルネストとウォーリアの姿が目に入ります。久しぶりに会ったウォーリアは私のことを覚えていたらしく、嬉しそうに尻尾を振ってました。今も、チラチラとこっちに視線を向けています。カワイイなぁ、お馬さん。乗っているエルネストは少し困った顔ですが。
「楽しみだね、宿舎」
「だね。あの時書いてもらった外観は小さいお城みたいな感じだったけれど」
「夢の国にありそうな外観だったものね。まぁ、あの本城に比べれば見劣りするけれど」
「うん。っていうか、このお城、こんな外観だったんだね」
私が座っている位置と逆の窓を覗きます。そこに聳え立つ王城、この国の象徴たるシャングリラ城です。何と言うか、圧巻の一言です。中庭とか、厩舎とか、外の施設に行くことはありましたけれど、正面の方を見るのは初めてです。
「明日からはこうやって馬車で本城に向って、講義を受けに行くんだよね」
「そうだね。まぁ、大学行くのにバス通してたのと同じことでしょ」
「……早起きしなきゃならなくなるのかな」
「朝ご飯は宿舎で取っていいんじゃない? その為のキッチンなわけだし、光代さんたちも私たちがいたから朝、本城で朝食取ってくれてただけみたいだから」
「そうね、馬車で20分なら、今まで通りでも十分だと思うわよ」
「そっか」
バスではないので、馬車通ですね。3つ目の鐘が仕事の始まりなら、1つ目の鐘で起きて、湯浴みして身支度を整えたら、2つ目の鐘が鳴る前後に朝食を取って、出れば間に合う計算ですかね。今までは2つ目の鐘を聞きながら食堂に向っていたので、移動と朝食の順序が逆になったくらいでしょう。なにも心配することはないってなれば、明香里はホッとしたみたいです。やりたいことがぼんやりでも見つかった影響なのか、明香里は少し前向きになったみたいで、今朝は一緒に食堂に向かったんですよね。まぁ、少しがんばったみたいで眠たそうではありましたが。一つ課題をクリアできそうなところでハードルが上がるのは心が折れちゃいますからね。明香里は心配しなくて大丈夫でしょう。
「まぁ、その辺心配なのは前にいる3人だけど」
「それはあるわね。明日から遅刻して来そうだわ」
「メイドさんたち、大変かもね」
「あんまり迷惑かけないでやってくれたらいいけれどね」
「その辺考えるわけがないじゃない。その辺の真面目さがあるなら大学だって遅刻もサボりもしてないわよ」
「ブーメランでしょ、それ」
「わかってて投げるものでしょ、ブーメランなんて」
「確かに」
失礼なことを言いつつ、3人で笑います。そうこうしている内に離宮についたみたいです。馬車が止まりました。少し待てば外から扉が開けられて、降りるように促されます。それぞれの護衛騎士が手を貸してくれて馬車から降り、目の前の建物を見上げました。
「うっわーーーーーーー!!!!!」
「すごーーーーーい!!!」
「ああ、確かにすごいな!」
私と美雨の悲鳴みたいな声が響いて、宗士の声が続きました。隼は美雨に同意を求められて頷き、明香里と成美は声こそ上げないものの、離宮に目が釘付けになっています。ラフ画で見たときにはこういうものかという感じでしたが、実際を前にすると全然違います。スケールの大きい本城よりも小さく作られている分、細部の拘りがよく見えます。
外壁はレンガ造りに見せている真っ白な壁。
屋根は大きな入母屋で、瓦が並んでいます。この世界、瓦なんてあるんですね。かつての英雄様が持ち込んだんでしょう。水はけもいいですしね。
破風の下には国旗にあしらわれている模様が入った彫刻が飾られています。たぶん、あれが懸魚ですね。
奥の方に向ってコの字になっているんでしょうかね。ラフ画を見せてもらった時には二階建てだったんですけれど、どうやら三階建てに変更になったみたいです。あの場ではとりあえず、だったのでこれくらいの変更は当然、ある物でしょう。
正面の扉は一枚の木でできていて、丁寧な彫刻が施されています。
その正面玄関の前には植え込みが作られていて、これから花が咲くのか蕾が付いています。
そこから広がるように作られた前庭が門扉まで続いています。
なんていうか、異邦で大きなお屋敷を想像するならこんな感じが詰め込まれた外観。でも随所に日本からの持ち込みだとわかる要素が散りばめられていて、なんだかそのごちゃ混ぜ感に笑ってしまいます。総評して、とても素敵です!
「気に入っていただけましたか」
声をかけられて、そちらを見ます。以前お会いしたヴォイノフさんとは全く違う、身なりのいい男の人です。隼が代表して挨拶をすると、男の人は自信満々な表情で名乗りました。
「ご丁寧にありがとうございます。ワタクシ、こちらの離宮の建設の責任者を担当させていただきました。ハブリエル・ヴァン・ヘリツェンと申します。以後、お見知りおきを」
なんて言うか、いかにも胡散臭いちょび髭のおじさん、なんですよね。名前だけの責任者とか言われても、そうだろうなと思うような。うーん……、まぁ、家自体はちゃんとできてますし、とやかくは言わないでおきましょう。
そんなことをつらつらと考えている内に、まずは建物の中を案内してくれるようです。彼の先導で、私たちは中に入ります。
「まず、エントランスは一階、二階の吹き抜けになっております。あちらのシャンデリアは夜でも昼間のような明るさを維持できる大変貴重な逸品となっております」
「パーティ会場に吊るされてたのと同じものよね」
「うん、凄く豪華でウチも覚えてる。あれが自分の家にあるってすごいね~」
「気に入っていただけたようで大変嬉しゅうございます」
得意げヘリツェンさんは言います。照明は魔道具だから、あれはヴォイノフ商会の品ではないと思いますけれど。まぁ、家を建てるのに魔道具商やガラス工房に協力を仰いだのはそうでしょうから、得意になるのも当然と言えば当然か。
「まずは一階からご案内いたしましょう。東側の棟へどうぞ」
廊下を歩いて行けば、窓から中庭が見えます。レンガ造りの遊歩道を取り囲むように花壇があり、中央に噴水が見えました。
「噴水のある中庭って、確か前に話したよな。こっちに来て直ぐくらいに」
「うん、お城探検してる時。広い庭なんだから、噴水くらいないのかなって」
「ええ、そのお話しをされていたことを聞きまして、こうして作らせていただいた次第でございます」
「本当に英雄とか聖女になるか決まってなかったのに。その時の会話も建築のヒントにするなんて、すごいですね」
「ありがとうございます。光栄です」
隼と美雨に絶賛されて、とても得意そうです。今までの言動、ちゃんと見られてますね。お城を見て回りながら、この国に住むならこんな感じがいい、とでも話していたんでしょう。ないものねだりの高望みだって、言うだけはタダですからね。それが本当に反映されたら確かに感動ものです。すごいなぁ、この世界の人たち、本当に優秀だ。
「こちらは応接室となっております」
一番手前の扉。人を招いた時とか、訪問があった時に対応する部屋、ということですね。本城にあった応接室がそのまま移動してきた、みたいな印象です。最初に私たちが使っていた部屋を再現したようです。確かに、商談とかで使う部屋ってあそこでしたから、馴染みがある場所であるのは安心できます。
「本城にあった部屋だ。わたし、あの部屋好きだったんだよね」
「そうなんだ。じゃあ、ここは明香里の意見が反映された場所ってことなんだね」
「みたい。ちょっと嬉しいな」
「喜んでいただけたなら幸いです」
一つ会釈したヘリツェンさんに、明香里は礼を言います。隣の部屋も応接室で、こちらはまた雰囲気の違う、無骨な感じです。堅い話をするならこちら、といった感じですね。王族や商会の方を招いて仕事の話をするのによさそうな感じです。
「応接室ってそんなにいるか?」
「来訪するのが一人とは限らないし、隼に用事がある人と、宗士に用事がある人がそれぞれ来たときに部屋が一つしかないのは困るでしょ」
「そんなに人、来ないと思うけどなぁ」
「仕事するようになったら変わってくるよ」
そうか、と宗士は納得したようなしてないような顔です。逆に隼はここを使う日が来てほしいなんて呑気なことを行ってます。応接室で商談、準備期間の時も楽しそうでしたからね。ああいうこと、これからもやりたいんでしょう。
奥の扉は倉庫や使用人の控室だそうです。私たちのような身分の人間が立ち入ることはない場所だからとそこは覗かず、西の棟に移動します。あとで個人的に見ておきましょう。シルヴィアやブラッドが使う時に何か不備があったりしないか、聞いておきたいですしね。
「こちらは食堂でございます」
西の棟、今朝まで使っていた食堂の広いバージョンの部屋です。どちらかと言うと和風。でも西洋文化の入っているハイカラな印象の部屋になってますね。
「わぁ、オシャレ」
「本城の食堂もそうだったけれど、和風なところが落ち着くよな」
「ここで今まで通り食事してもいいし、部屋にキッチンがあるからそっちで食べてもいいし。使い方はいろいろあるわね」
「そうだね」
朝はそれぞれ、昼は本城で、夜はここでって感じですかね。起きてくる時間、全然統一される予感はないのできっとそうなると思います。シェフの方は朝夕と作りたいでしょうけれど……。
厨房は奥の方にあって、食糧庫になる地下倉庫まであるそうです。
「こちらの扉からは中庭に出られます」
案内されるままに外に出ます。遊歩道を歩いて噴水の周りをぐるりと一周。コの字に組まれた建物の全景をここから見ることができます。二階に二つ、三階に四つ、バルコニーが見えるので、そこが個人の部屋でしょう。中庭に面しているバルコニーと、破風側に突き出すように作られたバルコニー。見たい景色で入居する部屋を決めるのもありかな。
建物がない方、開けた方面は生垣が作られていて、其の向こうには東屋が見えます。ガゼボ、と言った方がこの世界っぽいですかね。天気のいい日は庭でお茶も出来そうです。庭は結構広いみたいですね。一部の花壇を貰ってガーデニングしてみるのはありかな。
「ここからでは見えませんが、西の棟側の奥には厩舎、更に奥には畜産場があります。それからその周りには畑があります。現役の英雄様や聖女様の離宮とのちょうど中間地点ですね。新鮮な野菜やエッガ、ミルルが召し上がれますよ」
「それは嬉しいわね」
「地産地消っていうか、自家製っていいな」
「うん、そういうの憧れだったから嬉しい」
自家製野菜に卵と牛乳。なんて贅沢。だからと言って日本ほどの衛生を期待してはいけないんでしょうけれど。火を通すなら十分どころの話じゃない有難い設備です。卵料理、色々試したいなぁ。あ、マヨネーズを作るのはありか。シルヴィアと一緒に休日に部屋のキッチンで試行錯誤しましょう。
建物の中に戻って、二階に上がります。正面玄関から真っ直ぐ伸びる階段を上がって、踊り場から左右に分かれるよく見る形の階段です。吹き抜けから下を覗けます。こういうところ覗き込むの好きなんですよね。回廊になっていて、いちいち階段を経由しないと東西で移動できないなんてことはありません。
「こちらはサロンとなっております」
「サロン?」
「談話室のことだよ」
東の棟。コの字の交点になってる部分の角部屋ですね。彫刻のされた両開きの扉を潜れば、落ち着いた雰囲気の部屋です。ソファとローテーブルが並んでいて、壁際には食器や調度品を並べれられる棚や本棚が並んでいます。まだどの棚も空っぽなので、物寂しい感じはありますけれど。大正ロマンってこういうのを言うんだろうか、と思うような見事な和洋折衷です。
「感動がヤバイんだけど」
「これ、成美の差し金?」
「差し金ではないけれど、こういう部屋で推しとお喋りがしてみたかった……!」
「なるほどね」
本当にブレないなぁ。文豪のやつかな。オマケ要素の一枚絵にしか出て来ませんけれど、よく見てみればあの絵の印象の強い部屋です。調度品がないから気付きませんでしたけれど。あれかな、スマホにスクショがあって、それを使用人に見せたことあったのかな。
「こっちの扉はなんですか?」
「書庫に繋がっております。こちらも皆さまのお話を聞いて作ったものです。初めて耳にした時には驚きました、書庫とサロンを繋げるなんて発想、ありませんでしたから」
「本って談話室とかで読むものじゃないんですか?」
「使用人に執務室や自室に持ってこさせるのが基本ですので」
「ああ、なるほど」
如何に上手く人を使うかということですね。扉を潜ると、壁一面が本棚という部屋です。太陽光から本を守るためでしょう、窓はなくて大きな照明がつり下がった図書室と同じ仕様。簡素な机と椅子が置いてあり、ここで読書することもできなくはないって感じです。まぁ、基本は本を一時的に置いておくためのものですね。ここも空っぽですが、埋まった時を考えるとちょっとワクワクしますね。
「自分の部屋にも本棚置くんだろ?」
「うん」
「もちろん」
「じゃあここに何入れんだよ」
「布教したい本」
「仕事に必要になりそうな本」
「うわっ、オレは使わないな」
私と成美の返事に、宗士はわかりやすく嫌そうな顔をしました。それに美雨と明香里が笑って、隼が宗士の肩を叩きました。廊下からも直接出入りできる仕様になってて、そちらの扉は両開きになってます。
部屋を出て、庭方面に伸びる廊下を歩きます。中庭側が部屋になっているようで、ここから窓の外を見下ろすと馬車が並んでいるのが見えました。先程私たちが乗ったのとは違う馬車ですね。でも作りとしては豪華で、個人で使うために用意されたものでしょうか。
「こちらの部屋はレッスン室となっております」
中は広く、何もない空間です。一面の壁が鏡になっていて、部屋の隅にピアノが置いてあるくらいですね。ダンスレッスンやマナーレッスンなんかに使ってくれ、ということでしょう。多目的室としても使っていいかもしれないです。特に見るものはないので、すぐに移動します。
西の棟の角部屋もサロンです。でもこっちはパーティ会場といった印象が強く、向こうだと書庫になってた部分までぶち抜きなのですごく広いです。懇意になる貴族の子息令嬢を読んでお茶会する時に使ってくださいって感じですね。東側のサロンは私たち専用、こちらは人を招いたとき用で使い分けできるようです。
「お茶会って言われても、たぶんやらないと思うけれど」
「付き合いは重要だよ。もし自分で事業を起こすってなったら、出資してくれる貴族とか集めなきゃならないし。そういう営業する場でもあるから、お茶会とかパーティって」
「あー……、なるほど? こういう場で勢いに乗せて契約結んだりとか?」
「……それが許されるかどうかは、わからないけれど」
考えることがあくどい……ずる賢いのは隼の美点でも欠点でもあると思います。先に正攻法を取るなら、多少の狡さがあっても大目に見れるのになぁ、と何度思ったかもわからないことを久々に思います。
「こちらはティールームでございます」
西の棟の一番手前の3つならんだ扉。それぞれを空けて中を見せてくれます。比較的狭い部屋で、少人数で使うことを想定された部屋のようです。で、まさかの畳敷き。六畳一間。一番落ち着くサイズの部屋ですけれど……、なんで?
「そう言えば、広い部屋ばっかりだと落ち着かないよねって話したよね。あと、畳敷きの部屋があったらいいとか冗談言った覚えある」
困惑していると、明香里が思い出したように言います。なるほど、ここもまた私たちの会話の中から拾った情報で作った部屋というわけですか。
それにしても、畳、あるんですね。歴代の英雄や聖女って、技術者ばっかりだったんですかね。いや、実際そうだったんだろうな。世界を発展させるには技術がないとならないわけですし。事故で召喚された私たちと違ってちゃんと選んで召喚すると、こういうものが増えていくわけですか。
「あっちのサロンより落ち着くかも」
「確かに。何に使う部屋なのか全くわかんないけれど、足伸ばして座りたいときに使うにはいいかもな」
「遊ばせておくには勿体ないし、六畳一間なら使い道色々あるだろうから、なんかに使えないか考えてみようか?」
「そうだな。いつになるかはわからないけれど」
困惑しつつも納得して、扉を閉めます。最後に一番奥の扉。自室として使われる個人部屋ですね。
「扉には魔法が施されており、決められた人間の魔力に反応して鍵が開く仕様になっております。今はまだ魔法は発動しておりませんので、自由に出入りできます。個人の部屋はほとんど作りは変わりませんので、こちらの部屋で内装をご確認ください」
鍵ってどうするんだろうって思えば、魔法なんですね。物理的な鍵もあった方がいいとは思いますけれど、有事の際に困るって話かな。有事があったら普通に扉をぶち壊して入ってくればいいとは思いますが。
「物理的な鍵がないと、本当に大丈夫かしらって思わない?」
「うん、ちょっと不安だよね」
「物理的な鍵ってつけられませんか?」
「できなくはないですが……。宝箱や日記帳に付けるようなものが基本ですからなぁ……。そうでなければ南京錠です」
セキュリティは魔法で事足りる。だからアナログな方法をわざわざ使う理由はない、か。自分自身が鍵っていうのは確かに一番のセキュリティかもしれませんけれど……。いくらでも抜け道あるんですよね、それも。
「家の扉に南京錠がかかってるのは嫌ね」
「そうだね」
「物理的な鍵は、ちょっと諦めるか」
「えぇ~……。仕方ないなぁ……」
ちょっと不満そうですけれど、妥協するみたいです。機会があれば、その辺りの開発するのはありかもしれないですね。私もちょっと不安なので。
中に入るとちゃんと土間と廊下で段差ができています。あの時、どう説明したのか覚えてませんが、靴を脱いで上がる様式については理解があったようです。歴代の異邦人のお陰ですね、感謝しなきゃ。でもちょっと困ったことが一つ……。
「フローリングじゃ、ないんだな」
「そうだね」
廊下が、大理石の石造りです。とりあえず上がって、一番手前の部屋を覗きます。ロフトのある部屋です。奥に乗降用の簡素な階段がついてて、成美が早速見に上がりました。
「畳だ……」
「ロフトの上って畳なんだ。なんか、ちょっと変だね」
「他の部屋にも畳敷いてあるの?」
「どうかな……、いや、この部屋のロフトだけみたい」
「そう言えば、フローリングのこと話さなかったっけ」
「完全に盲点だったっていうか、そういうものだと思い込んでたからわざわざ言わなかったよな」
「うん。家の床はフローリングって決まってるものだと思い込んでた」
何もないリビングで、みんなで顔を合わせて苦笑します。私たちの微妙な反応に、ヘリツェンさんは困惑しています。さて、どうしたものか。
「な、何かご不満な点がございましたか?」
「不満って言うか、まぁ……不満か」
「私たちの想定だと、床は大理石じゃなかったんですよ」
「え?」
「フローリングって言って、板張りなのよね」
言われてることがわからない、とばかりの顔。普通は大理石で、板張りは平民の家かな。私たちは王族に次ぐ身分なので、商会はその基準で作ったんでしょう。でも私たちの基準は平民なので、そこで齟齬が生まれた。しかも齟齬になると誰も思ってなかったから、完成したこのタイミングでしか発覚しなかった。色々情報は集めたみたいですけれど、詰めが甘かったみたいです。これに関しては私たちも思い込んでいたので御相子ですね。
「どうする? 今からお願いして、フローリングにしてもらう? 入居は更に遅れるけれど」
「ウチはフローリングがいい。元の世界って感じの家なのに、床が大理石は落ち着かないもん」
「そうだな。これはちょっと困る」
「で、ですが……、異邦の方々が住まう離宮で板張りというのは……。その、品位が……」
「品位?」
信じられないとばかりに言うヘリツェンさんにわかってない顔で美雨が聞き返します。フローリングで品位を問われるなんて、私たちの感覚としては意味わかりませんからね。
「異邦人って高貴な人だから、平民が暮らすような家にするわけにいかないってことじゃないかな。板張りの家は石造りより簡単で安く作れるから、平民の家ってイメージになるんだよ」
「別に悪いことじゃないじゃん。ウチら平民といえば平民だし。こんな落ち着かない家で暮らす方が嫌」
「だな。床を板張りにするのって難しいんですか?」
「い、いえ……、すぐに取り掛かれます! えぇっと、明日には!」
「絶対無理でしょ。嘘吐かないでください」
焦って無茶苦茶なことを言ったヘリツェンさんに、成美が呆れた声を出しました。板張りにするにしても、床全部を覆える木材を用意するところからでしょう。まさか異邦みたいにクッションフロアがあるわけでもないでしょうし。ぴしゃりと言われたヘリツェンさんはぐっと口を噤みました。
「こういう話が通じる人に直接聞いてみた方が早そうだし、一旦外出ようぜ」
それは言外にヘリツェンさんを戦力外通告してるんですけれど……。まぁ、現場を知らない名ばかりの責任者に話をしたところで話が進まないのは確かですね。
今度は隼が先導する形で部屋を出ます。正面玄関から建物を出ると、家具の搬入準備が始まってました。私たちが建物から出てきたのに気付いて、男性が一人、こちらに向かって来ます。この人も胡散臭さのあるおじさんですね。ヘリツェンさんと似たような雰囲気が……。
「お初にお目にかかります。私、ディーデリック・ヴァン・フェルトマンと申します。皆様のご注文された家具の搬入の責任者として来ました。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。でも、家具の搬入は少し待ってもらえますか」
隼が言えば、フェルトマンさんはきょとりとしました。私たちが戻って来たから、すぐに搬入が開始されると思っていたのでしょう。
「何かございましたか?」
「個人の部屋の床が、思ってたのと違って……」
「床?」
「はい。大理石で作っていただいたみたいなんですけれど、ぼくたちの想定だと、板張りだったので」
「板張り……? まさか、異邦の方ともあろう方が平民が暮らすような部屋にしたいというのですか?」
何を言ってるんだろう、って顔です。いや、何言ってるんだろうはこっちなんですけれど。異邦人が暮らしやすい環境を整えることがこの離宮の目的なはずですよね。異世界の基準で建物を作られたら、こっちが要求を出すのは当然のことだと思います。そこを失念していらっしゃるようです。めちゃめちゃ困った顔で隼に見られました。いや、率先して行ったんだから最後まで交渉頑張ってよ。……これもいつものことか。仕方ないので隣に並びます。
「ご存じないのかもしれませんが、私たちはみんな平民です。こちらの世界の方にとって異邦人は高貴な存在かもしれませんが、元の暮らしは平民のものです。国王陛下はその環境を整える為にわざわざ離宮を私たち仕様に作ってくれると仰ってくれました。なので、私たちが平民のような家を要求するのは当然のことです」
私を見てフェルトマンさんは面倒そうな顔をします。家名なしだとわかってるいたいですね。会長に聞いたんでしょう。そんな露骨に顔を顰めなくてもいいでしょうに。この人あれかぁ、楽な仕事の一番美味しいところだけ持って行って仕事してる気になってるタイプの無能上司かぁ……。そっとヘリツェンさんを見れば似たような反応です。面倒なことにしやがってって言いたげですね。面倒なことなにもしないでしょう、あなたたち……。
「落ち着いて暮らせる場所を用意してくれる予定だったのに、そうではないとわかったので改善をお願いしたいだけです。一度、商会に話を持って帰って————」
「だから、ちゃんと説明してくださいッ!」
「……今度はなにぃ~?」
思わず声が漏れました。正面の門の向こう。搬入のための準備をしている人達に何かあったみたいです。聞こえてきたのはシルヴィアの声。また家名なし云々で何かされたか……。仕方ないのでそちらに向かいます。
「どうしたの、シルヴィア」
「あ、アレン様! 本日搬入予定の家具がこちらなんですけれど、5人分しか用意されてないんです」
「……つまり?」
「アレン様の部屋に搬入されるはずの家具が届いてません」
「フェルトマンさん、どういうことか説明いただけますか?」
問題しかねぇな! ちくしょう!
頭を抱えたくなりますけれど、先に問題は片付けるべき。フェルトマンさんは全く悪びれた様子はなく、「まったく、なんのことやら」なんてほざきます。何故自分に聞くのかとばかりに、手近にいた作業員の方に声をかけました。その人は怯えたように肩を揺らして、勢いで返事をします。
「積み込みの時にちゃんと確認したんだろう?」
「え、と……それは……」
「ああ、どうやらこいつらの確認不足だったようです。相手は異邦の方だというのに、不敬な奴らだ」
うわっ、マジかこの人。作業員の所為にして責任逃れするつもりだ。慌ててスマホを取り出してカメラを起動します。証拠は残しとくに越したことはない。録画を押して、シルヴィアに持ってるようにお願いしました。困惑した様子ですけれど、何も聞かずに従ってくれます。
「荷物の積み込みの確認はしなかったのですか?」
「させましたよ、ちゃんと。でもこいつらの確認不足があったようです」
「責任者はフェルトマンさんでしょう? 自ら確認して間違いがないようにしないのですか?」
「積み込み作業の確認はもちろんしましたとも。こいつらが仕事をサボらないよう見張るのが私の仕事ですからね」
「でも実際、私の注文した家具が届いてません。そもそも、作成を担当した方は搬出時に何も言わなかったんですか?」
「この方の家具製作の担当は誰だったかな?」
「あ、え、っと……、の、ノイラートです」
「そいつはそもそも搬出の時にいませんでした。ひょっとしたら、納期を間違えていたかもしれませんね」
「もし、ノイラートさんが納期を間違えていたなら、搬出時にノイラートさんに声をかけなかったんですか? 今日が納品日だと」
「さぁてね。こいつらが仕事を怠ったということでしょう」
「彼らが仕事を怠らないように見張るのが仕事なのに、怠らせたんですか?」
「この平民たちだってずる賢い、私が見ていないところで上手く誤魔化したりもする」
ああ言えばこう言う、とはこのことですかね。異邦人相手によくここまでデカい態度が取れるものだとも思いますけれど。周りの作業員たちに視線を移せば、一葉に不安げな表情です。……10人しかいない。雲の上と言っても過言ではないはずの顧客相手に揃える人数じゃない。大型家具も20近くあるというのに、この人数の少なさはありえません。王族直々の依頼でもあるので商会の人間、総出でも可笑しくない案件なはずです。私たちの使用人に手伝ってもらうつもり……、は、あり得ないか。それは彼らの仕事ではありません。ということは、この10人に過重労働を強いろうとしていた。
これをあの会長も容認した? 下手すれば商会その物が潰れる事案になりかねないのに? まさか知らなかったなんて言ってここに居る人たちを切るつもり? ……無能上司ってどこにでもいるものですね。
「本当に、誰もノイラートさんに声をかけなかったんですか?」
「そ、それは……」
「この仕事が、いかに重要であるかは知ってますよね。家名なしだとしても、異邦から来た人材であることには違いない。国王陛下は公平な方ですから、下手をすれば王族の不興を買います。嘘と沈黙を選べば、路頭に迷うで済まない可能性がありますよ」
「両子爵に止められました!! 家名なしの荷物はいいって!! どうせ納期を週末と思って呑気に作業してるんだからって!!」
「なっ……! 何を言ってる貴様!!!」
あまりにも効果的すぎた脅しでしたね。彼らにはあとで謝っておきましょう。で、真実をバラされたお二人は明らかに慌てました。そういうわかりやすい反応をするから……。
「どうせわかりゃしないって言ったじゃないですか!」
「俺たちは流石にマズいって言いましたよ!!」
「それを無理やり止めたのは子爵たちじゃないですか!!!」
「だ、黙れ!! 私は知らん!!!」
「何故ワタクシまで!!! 関係ないだろう!!!!」
ああ、もう……カオス……。この状況、どうしたものかと思っていれば、別の馬車がやってきました。少し離れたところに止まって、男性が一人降りてきます。ウェルズ伯爵です。ああ、魔道具の納品も今日だったのか……。
「何やら物々しい雰囲気ですが……。アレン様、何かお困りごとがございましたか?」
「えぇっと……、説明するよりも見て頂いた方が早いかと」
「ほぅ?」
シルヴィアに預けていたスマホを受け取り、録画を止めます。今、保存された動画を流して、その画面をそのまま伯爵に見せました。
『荷物の積み込みの確認はしなかったのですか?』
『させましたよ、ちゃんと。でもこいつらの確認不足があったようです』
「「はっ?!」」
「これは……」
スマホから先ほどのやりとりの冒頭が流れた瞬間、騒めきが起こりました。慌てて止めに入ろうとした両子爵を、エルネストを筆頭とした護衛騎士の方たちが止めに入ります。手を貸してくれるんですね、傍観するかと思ったんですけれど。流石に問題が余りにも深刻だし、他のみんながいる手前だからでしょうかね。子爵たちは出鱈目だの、インチキの魔法だのと喚きますが、誰も気に留めません。ウェルズ伯爵もそんな私たちの様子から、この映像が嘘ではないと信じてくれたようです。真剣な表情で見つめています。
「ふむ、なるほど。おおよそ把握致しました。ここ10年で飛躍的に伸びた商会の裏に、黒い噂があったことは知っていましたが……。急速な変化は歪みを生み出しますな」
「今の英雄や聖女の為の離宮建設で台頭した商会なら、もう50年ほどの歴史があるのでは?」
「ええ、商会自体の歴史は長いです。ここまで大きくなったのは会長が世代交代した後の10年なのです。先代は穏やかで、平民の従業員の方を重宝していた方でした」
「ああ、そんなこと聞いたっけか……。代が変わって、体制が変わって、悪い貴族思想に染まったわけですか」
「そのようですな。まったく、愚かな……」
伯爵は一つ溜息を吐きます。ちゃんとしてる人はやっぱり違いますね。
「アレン様、異邦の方の使者として商会へ人を送ってもよろしいでしょうか」
「いいんですか? ウェルズ商会には関係ないといえば関係のない話ですし」
「ええ、ですのでウェルズの名は使えません。ですが、皆様はまだこちらの世界のこういった問題の対応については不慣れでしょう。どうぞ、ワタシどもをお使いください。アレン様の手駒として、喜んで協力いたしましょう」
……みんなの、じゃなくて、私の、なんですね。まぁ、今、問題になってるのは私のことですし……。他のみんなは居合わせてるだけといえば確かにそうです。ここは私が問題解決のために使えそうなものを使うべき、でしょう。一つ深呼吸します。
「ありがとうございます。伯爵にご協力いただけるならこれほど心強いことはありません」
「身に余るお言葉です。では、どういたしましょう」
どこか意地悪に伯爵は聞いてきます。完全に任せるのではなく、私がどう指示を出すべきか考える必要があるようです。伯爵はそれの答え合わせをてくれるみたいですね。人を使うことに慣れる訓練だと思いましょう。少し考えてから、私は言います。
「まずは商会に、私の注文した家具が納品されていなかったことについての確認。彼らの話では担当者が納期を間違えているという話でしたので、それの事実確認。わざと間違えるよう仕向けられていたかもしれないので、慎重に話を聞いていただけると嬉しいです。担当者はエドガー・ノイラートという名前の従業員です。もし、彼が不利益を被るように仕向けられていたのだとしたら保護までお願いしたのですが」
「かしこまりました。お任せください」
「ありがとうございます。あとそれから……、商会そのものにも監査を入れてもらえるよう騎士団に働きかける必要がありますね。まず、拘束してる子爵について。証拠もありますし、然るべき罰を受けてほしいです。ヴォイノフ会長も、このことを知らずにいるにはあまりにも諸々が不自然なので、彼にも厳しい事情聴取をするようにしてもらいましょう。従業員の方たちは逆らえなかったという事情を考慮した処分が下されるよう、嘆願も一緒に伝えてほしいです」
「よろしいのですか? 彼らに情状酌量の余地を与えて」
「納品すべき商品をわざと納品しなかったのは確かにそうですけれど、あの子爵たちの巻き添えで彼らの家族が路頭に迷うのは、理不尽が過ぎると思うんです。……甘いですか?」
「いいえ、まったく。むしろ、彼らも同罪だと言われてはどうしようかと思いまして。アレン様の判断を確かめさせていただきました。失礼なことを申し訳ございません」
「顔を上げてください、それくらいの確認は気にしません。先達はそうやって後進を育てるものでしょう?」
「そうですね。では、まず彼らの身柄は護衛騎士から騎士団の方へ引き渡してもらいましょう。ここに来ていない従業員も加担している可能性は十分高いので、しっかりと調査もしましょう」
頷いた伯爵は控えていた執事に視線を向けます。一つ会釈した執事はすぐに動いてくれます。横で聞いていたのは確かにそうだけれど、アイコンタクト一つで意思疎通できるなんて。相当な信頼関係があるんですね。すぐに指示が出て、止まっていた人たちが一斉に動き出します。これを、私たちは自分の執事を使ってできるようにならないといけないわけですね。ブラッドは優秀だから心配してませんけれど。私のほうが、答え合わせせずに指示を出せるようにしないと……。今回はウェルズ伯爵が答え合わせしてくれたので安心ですけれど。
子爵たちはあれこれ、言い訳を並べて喚いていますけれど、エルネストに一喝されて一瞬で大人しくなりました。従業員の方たちは項垂れて、大人しく護衛騎士に続きます。眺めていれば、伯爵の執事さんが近づいてきます。
「アレン様、先ほどの映像記録、お借りしてもよろしいでしょうか」
「あ、はい、もちろん。侍女に持たせて、彼女を同行させる形でも、構いませんか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。少しだけ時間を貰いますね」
忘れてたと慌ててスマホを操作します。画面ロックをパスワードからパターンに変えて、それをシルヴィアに教えます。
「このボタンを押すと、電源が入る。表面を触ったまま上に指を滑らせると、模様が出るから、表面を触ったまま指を決められた順に動かす。パターン、覚えた?」
「はい、覚えました」
「やってみて」
改めてスマホを渡せば、シルヴィアは問題なく画面ロックを外します。流石、優秀。短期記憶にも長けている。
「最初の画面から変わったら、今度は表面を一回叩く。すると、映像が始まるから。この線の上にある丸を触って、一番左に合わせれば、映像記録が最初から見れるようになる。覚えた?」
「はい、ばっちりです! 映像記録が見たいと言われた時にはこれを見せればいいんですね」
「うん、お願いね。使わない時には最初のボタンを押せばロックがかかって、他の人には使えなくなるから。パターンは他の人に見せないように、いいね?」
「もちろんです、お任せください!」
準備が終わったのでシルヴィアを伯爵に預けます。一先ず、この場でできることはこれで終わりかな? ここに来るまでのワクワクした楽しい気持ちを返してほしいですね、本当に。会長も差別意識のある人とは思ってましたけれど、店の利益を優先する分マシだったんですね……。今回のことで、色々大変なことになるとは思いますが。
残された荷物に関してはついでに指示を出してくれたらしく、一先ず屋敷に入れて保管してくれるそうです。管理は私たちの使用人に任せればいいようにしておいてくれると、伯爵の執事が報告してくれました。お礼を言えば、少しだけ微笑んで会釈しました。ブラッドを借りていいかと聞かれたので、勉強までさせてくれるらしいです。有り難いことですし、ブラッド本人もやる気なので快諾します。
「頑張って来て」
「はい。行って参ります」
「うん、行ってらっしゃい」
見送れば、ブラッドは少しだけ緊張した様子で執事さんについていきました。シルヴィアとブラッドは伯爵の執事と一緒に小さな馬車に乗り込んで、本城へと戻っていきます。私は改めてウェルズ伯爵に向き直って頭を下げました。
「本当にありがとうございます。感謝してもし切れません」
「顔を上げてくださいませ、アレン様。まだ何も解決しておりませんから。お礼なら孫に異世界の魔道具について教えてやることでお願いします」
「……ふふっ、ありがとうございます」
どこか冗談交じりに。でもきっと本気ですね。可笑しくて笑えば、伯爵も茶目っ気のある笑みを浮かべました。状況が落ち着いたからか、離れたところに止まっていた伯爵の馬車からまた人が降りてきました。コンチータさんです。真っ直ぐに私の方に向って来ますね。
「アレン様!」
「コンチータさん、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。何やら大変そうでしたが、大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ、ここまで大掛かりなのは初めてだったので、少し戸惑いはしましたが」
「そうですか。堂々となさっていて、とても素敵でしたよ」
「ありがとうございます」
心配そうな顔が一転して、コンチータさんは笑みを見せてくれます。気遣ってくれてるみたいですね。一度しかお会いしたことがないのに、コンチータさんはとても優しい人だと思います。
「アレン」
後ろから恐る恐る明香里に声をかけられます。振り返ると明香里と成美がすぐそこまで来てました。美雨たちもその後ろに並んでます。事態が収束して、みんなもやっと動けるようになったみたいです。
「ああ、なんかごめんね。大丈夫だった?」
「わたしたちは大丈夫。アレンのほうが大丈夫じゃないと思う」
「あれだけ立ち回れるなんて流石ね」
「伯爵のお陰だよ。あのタイミングで来てくれなかったら絶対詰んでた」
心配してくれる明香里と成美にホッとします。今になって自分が緊張していたことに気付きました。心臓が跳ねてるのを笑って誤魔化します。
「それで、こういう状況ですから、折角来ていただいたのに受け取れなくなってしまいました」
「皆様の責ではありませんから。本日お持ちした魔道具はこちらの家具と一緒に離宮の中に運び込んでおきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私が代表して挨拶をすれば、みんなもそれに倣います。ここでできることはなくなってしまったので、本城に戻ることになりました。伯爵はここで運び入れの指揮を執ってくれるとのことで、素直に甘えることにします。私たちは乗って来た馬車に乗り込んで……。
「アレン様、よろしければ少しお話しにお付き合い願えませんか?」
「ええ、もちろんいいですよ。おじい様に、今回のことの礼は異邦の魔道具の情報でお願いしますと言われましたし」
「まぁ、おじい様ったら……。ありがとうございます。我が家の馬車でお送りいたします」
私だけ、コンチータさんと一緒にウェルズ伯爵家が用意した馬車に乗り込むことになりました。先を行った他のみんなが乗り込んだ馬車に続いて、私とコンチータさんが乗った馬車も走り出します。コンチータさんは扉に刻まれた模様に魔力を流して魔法を発動させます。これ、ただの模様じゃなくて魔法陣になってるみたいですね。途端に外の音が聞こえなくなりました。おお、便利。
「私のわがままにお付き合いいただきありがとうございます。実は、折り入ってご相談がありまして。聞いていただけますか?」
「私にお手伝いできることがあればよろこんでお聞きしますよ」
あんなことがあった直後で二つ返事しない方がいいんでしょうけれど、ウェルズ伯爵家は信頼がおけることは既に実感しています。コンチータさんも無理難題は言わないでしょう。頷いた私にコンチータさんは嬉しそうに声を弾ませました。
「その、ご存じの通り、私は魔道具作りが好きで、それを仕事にしたいと思っているんです。将来は我が家で経営しているウェルズ魔道具商の店舗の一つで魔道具師として働きたい。その為に、今、魔道具についての勉強もしています」
「そうなんですね。コンチータさんなら優秀な魔道具師になれると思いますよ。心から好きで魔道具に向き合ってますから」
「ありがとうございます。そこで相談なのですが、私にアレン様がご存じの異邦の道具について教えていただける機会をくださいませんか? 異邦の文明の発展はこちらの比にならないほど早く、現役の英雄様や聖女様の時代には考えられなかった魔道具が多く存在していると仰っていたので、私もこの世界で新しい魔道具を作りたいんです!」
前のめり気味にコンチータさんは言います。魔道具というか、家電が本当に好きなんですね。それを作りたくて仕方なくて、その為に勉強も挑戦も出来る人。時間も労力も何も惜しまない才能にあふれた人だ。大きな夢に、迷いなく飛び込んでいける、今、フラーディアにいる面々と同じ人種ですね。両目を輝かせるコンチータさんは、みんなと同じ顔です。楽しそうな顔をしてる人を見るのって、やっぱり楽しいなぁ。
「コンチータさん、今、おいくつですか?」
「へ? 15ですが……」
「なら、アカデミーは問題ありませんか?」
「はい。特別課程というものがあって、アカデミーへの通学が任意になる制度があるんです。魔道具の勉強ができるよう、それを利用したのでアカデミーに通う必要はありません」
急な話の転換に流石に困惑しています。それでも素直に答えてくれるあたり、やっぱり優しい人です。きょとりと小首を傾げるのに私は笑って見せます。
「それなら、フラーディアに来ませんか?」
「フラー、ディア……ですか?」
「はい。先日設立された、私直属の部署です。コンチータさんと同じように、好きなことに真っ直ぐ向き合って、たくさん勉強したり、研究したりしている人が集まってるんです。まだ、設立されたばかりでなんの実績もありませんが。自分が楽しい、面白いと思うことを突き詰めて共有しようという場所です。こちらが出せる条件としては、魔道具についての勉強ができる環境と教材の提供、異邦の魔道具についての情報提供。魔道具を作るための道具や素材の提供。あとは、成果に見合った給金も保証します。基本は生涯雇用ですが、コンチータさんの意思によってはもちろん、ウェルズ魔道具商で勤務できるよう、紹介状もお渡しします。どうですか?」
コンチータさんの目が大きく、丸くなります。純粋な驚きと、好奇心。しばらく呆然として、それから小さく声を零します。
「私が、アレン様の直属の部署に……? 話を聞く機会どころか、一緒に仕事ができる……。え、うそ、私、夢見てる?」
「コンチータさん、落ち着いて」
大いに混乱していらっしゃる……。そこまで喜んでくれることだったか。リリーたちと同じくらいの熱量で好きなことに臨めるコンチータさんなら、きっと他のみんなにもいい影響を与えてくれるでしょう。魔法関連のことなので、リリーと情報交換したらお互いにいい刺激になりそうですし。
「あ、あの! ふつつつか者ですが、よろしくお願いしましゅ!!」
「こちらこそよろしくお願いします。まずは落ち着きましょうか」
見事に噛んだコンチータさんに笑っちゃいます。コンチータさんは恥ずかしそうに顔を赤らめました。かわいい。
フラーディアについて説明する内に、馬車は本城に戻ってきました。離宮の諸々の問題は一先ずおいておいて、コンチータさんをオフィスに案内することにします。面倒なことは、先送りにした方が面倒なんですけれどね。それはそれとして、楽しいことは楽しまなきゃ損です。それに商会に家具を注文していたのはフラーディアもそうなので、みんなといくらか相談しなきゃいけませんし。誰に対してでもなく言い訳を並べながら、私たちはオフィスへ向かいました。




