第四十五話:異世界で本格的な暮らしが始まりそうです。
屋敷の運営って、実際にどれくらいの人が必要なんですかね……。
先の話で必要になったらしれっと増えてたりするかもしれません。
今はとりあえず、で集まってもらってるのでね!
できる限り、矛盾が出ないように努めます。はい。頑張ります。
できるだけ美雨と顔を合わせないようにするのに、わたしと明香里は放置になる予定だった離宮に避難することにしました。
昨日のうちに入居予定だったのでインフラは問題なく、フローリングでないことに目を瞑るなら普通に暮らせます。
昨日今日で埃が被るようなこともないですし、状態を維持するための人は既に置いてあるそうです。
元々平民なので、ティールームの一つで雑魚寝するのでもいいよね、となったので、12の鐘で私達は本城を後にします。
馬車に乗り込んで、まず最初にやるのは防音魔法を発動させることです。
適当に歌って、魔力を集めて、扉の模様に流せば、外からの音が遮断されました。
「わっ、すごい。アレンって本当に魔法使えるんだ」
「歌わなきゃなんないから使える場所は限られるけれどね。早くちゃんとした魔法の使い方習いたい」
「最低でも3カ月後だもんね。わたしも、魔法使えたら空飛んでみたいなぁ」
「やっぱり魔法と言えば箒で空を飛ぶ、だよね」
「定番じゃない? 魔法少女と言えば箒でしょ」
なんてことない会話をしながら20分ほど馬車に揺られます。
門をくぐり、正面玄関の前で降ろしてもらえば、やけに多くの人が出ていきます。
メイドとかではなく、何かの作業員みたいな人達です。
「何かやってたのかな?」
「荷物の運び入れは昨日のうちに終わってるはずなのにね」
不思議に思っていると、見覚えのある顔が見えました。
見間違えるわけもない全体的に赤い印象。
「ノイラートさん!」
思わず声をかければ、ノイラートさんは驚いた顔で足を止めました。
こっちに来るかどうしようか迷ったようなので、こちらから向かいます。
「アレン様、この度は多大なるご迷惑をおかけいたしました」
「謝らないでください。ノイラートさんに責はないでしょう? 早めに解放になったんですね」
「はい。不思議なことに」
本当に不思議そうな顔です。
何かしら処罰があるはずって思ってたんですかね。
口添えをお願いしておいて良かったです。
そうじゃなかったら間違いなく平民から切り捨てられてた。
ホッとしながら、この状況について聞いてみることにします。
「今、屋敷から出てきている人はヴォイノフ商会の方々ですか?」
「そうです。個人としては責を問われなかった者です」
「商会としてはそうはいかなかった、という話ですか」
「おそらくは。詳しい話はぼくたち平民には降りて来ませんから。床を板張りにして欲しいという要求があったと聞いたので、その為に必要な作業を、解放された者達で行ってました」
「えっ、こんなに早く? 商会の問題が片付いてからの作業になると思ってました」
「異邦の方をお待たせするわけにはいきませんから。ただでさえ、これほど大きな問題を起こしてしまいましたし……」
「なるほど、そういうことでしたか」
「それであの……、アレン様が注文なさった家具のことなんですけれど……、あと本棚が一台、完成したら納品できます。週末までには、なんとか間に合わせますので……」
「わかりました。楽しみにしています」
「え……」
ノイラートさんは驚いたように目を丸くして見下してきます。
お咎めなしなのが不思議なんでしょう。
平民であることを理由に、ずっと虐げられてたんだろうなぁ……。
その結果が良くても悪くても、関係なしに怒られたり罰があったり。
会社としてどういう体質だったのかは想像するしかありませんが。
50人近い平民が今日一日で解放されるんですから、上層部の貴族が蹂躙していたのは想像に易いです。
その中で頑張ってたんですね。
家具作りが好きだって、その一心で。
「完成したら、ノイラートさん自ら納品しに来てください。直接評価しますから」
「あ、は、はいっ、その、がんばります」
向こうで仲間がノイラートさんを呼びます。
慌てて頭を下げて、ノイラートさんは去っていきました。
それを見送り、私は明香里と一緒に屋敷に入ります。
「さっきの人も、フラーディアで知った人?」
「そう。ほら、オフィスに家具ないじゃん。だからヴォイノフ商会でお願いしてたの。その時に打ち合わせに来てくれたのがさっきの人」
「へぇ、ちょっと顔の怖い人だったけれど、いい人なんだね」
「家具作りが本当に好きな人だよ。異邦の家具について聞かせてほしいって頼み込んで来たくらい」
「こっちと向こうとそんなに違うのかな?」
「機能性重視の組み合わせ家具とかはないからね。キャスター付きの家具が欲しいって言ったら、首傾げられたし」
「そうなんだ。そういえばこっちでキャスター付き家具って見たことないね」
「そもそもこっちの世界では再現不可能な技術らしいよ、今のところ」
お喋りしながら食堂に入ります。
共有スペースは最初から内装まで整えられてたのが不幸中の幸いですよね。
ここも私達の方でカスタマイズするって話だったら、どうにもなってなかった。
「いつかはここでまた、みんなでごはん食べるんだよね」
「そうだね。まぁ、夕食くらいになると思ってるけれど。朝は今も結構バラバラだし。昼は本城でしょ」
「確かに。晩御飯も自室でいい気もするけれど、折角の設備、勿体ないもんね」
「この離宮で特別に雇うシェフとかもいるだろうから、できるだけ共有スペースは使った方がいいんだと思う」
「そっかぁ……」
「まぁ、それももうちょっと先の話だから。のんびり構えよ」
「そうだね」
いつまでもうだうだ言ったって仕方ないですからね。
私たちがこっちを生活拠点にするのは既に話が付いているようで、さほど待つことなく夕食が運ばれてきます。
手を合わせて、適当な会話をしながら夕食を食べます。
こっちの食事もちゃんと美味しいです。
新しく雇ったんじゃなくて、本城にいたシェフを派遣したんでしょうかね。
食事が美味しいのは有り難い事ですね。
夕食を食べ終えて、最後の一仕事。
エントランスホールに集められた、この離宮で働く人たちとの顔合わせです。
建物全体の管理を代行してくれる管理人が1人。
その補佐として執事が1人。侍女が1人。
建物の清掃や状態の維持を担当するメイドが10人。
シェフが3人。
庭師が2人。
馭者が6人いますが、基本専属なので一人選んでくれとのことです。
馭者と一緒に、厩舎で馬の世話をする厩務員が2人。
計26名。
本来なら昨日のうちに私たち全員と顔を合わせるはずでしたが。
とやかく言っても仕方ないので、とりあえずまずは挨拶です。
「はじめまして。私はレナ・カミシロ。アレンって呼んで。こちらはアカリ・ヨシダさん。色々と予定が狂って、変則的な形にはなってしまったけれど、一足先に私たちがこっちで生活することになったから。よろしくね」
「アカリ・ヨシダ、です。えぇっと……、アレンと一緒に今日からお世話になるから、よろしくね」
頑張って成長しようとしてるのがすごく感動します。
ちょっと前なら名乗って終わりだったでしょうから。
人ってこうやって変わっていくんだなぁ。
感心していれば、まず管理人さんが一歩前に進み出ます。
「お初にお目にかかります。私はこの離宮、全体の管理を任されました。ハロルド・フォン・ローガンです」
ローガンは覚えがある名前です。
薬草の産地として有名で、メリッサの旦那さん、エニス伯爵がローガン領で薬草の産業で生計を立てているとか。
その薬草を使って研究しているのがメリッサという。
ローガン家の当主の方は領地にいて、跡取り息子が今、アカデミーに通っていると聞いてます。
彼は50歳くらいの壮年の方なので、現当主の親族の方かな。
長子じゃないから婿入りするか、嫁を取って長子の仕事の手伝いをするかの二択で後者を取ったのでしょうか。
今は深く突っ込むことじゃないかな。
彼からの紹介でここで働く人たちの名前を覚えていきます。
正直、覚えらえる自信はありませんが、頑張りましょう。
毎日顔を合わせるんだから、そのうち覚えるはずですし。
「……以上、26名となります。どうぞ今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしく。馭者は専属を選んでくれって話だけれど、一応、仕事ぶり見てから決めたいって思うんだよね」
「わたしも。信頼できる人かどうかはちゃんと見たいから、今週いっぱい、時間もらってもいいかな?」
聞いた私たちに、面を喰らった顔をしたのが2人、僅かに眉間に皺が寄ったのが1人、困惑したのが1人、無反応が2人。
一番左に立ってた青年がローガンさんをそっと見ます。
それにローガンさんは考える仕草をしてから、頷きました。
「もちろん、構いませんよ。命を預けるわけですから、慎重になるのも当然でしょう」
「ありがとう。それじゃあ、今週いっぱいは仕事ぶり見せてもらうね」
一つ、間を置いてから返事が上がります。
この時点である程度は絞れますけれど、まぁ、実際に仕事を見てからですね。
「とりあえず、現状をみんなは何処まで知ってるか聞いていい?」
「昨日起きたことは一通り聞き及んでおります。個人部屋の床を板張りにしたいと要望を出したことも。そちらの作業が終わるまではお部屋は使えませんが、湯浴みなどは如何いたしましょうか」
「泊まり込みの人たちが使う用の浴室は備えてあるって聞いたから、それを使わせてもらいたいなってアレンと話してたの。……驚くかもしれないけれど、異邦ではわたしたち、平民の暮らししてたから。それくらいは平気だし、部屋が使えるようになったら、そっちに移るから、今だけ許して。っていうか、あんまり幻想抱かないでほしいな……」
吹っ切れたら明香里も中々言いますね。
英雄とか聖女とかって言葉の所為か、この世界の人たちって異邦人をやけに高貴な身分の人間として見ますからね。
ナチュラルに貴族の感覚だと思われている。
平民感覚は3週間くらいじゃ抜けるわけもないので、多少の黙殺はしてほしいものです。
「では、お部屋の用意ができるまではそちらで対応致しましょう」
流石に抵抗されるだろうかって思っていれば、思ったよりもあっさりローガンさんは頷いてくれました。
他のみんなは驚いていますが、大人しく従ってくれるみたいです。
納得した顔の方もそれなりにいますし、柔軟な考えの持ち主が多いみたいですね。
「お休みになるお部屋は如何なされますか?」
「ティールームの一つに布団を入れて。ベッドまではいらないから、敷布と掛布団、あと枕さえあれば異邦人なら寝れる。あとは2人一緒の部屋でお願い。お泊り会みたいでいいかもねって話してたんだ」
「部屋が使えるようになったら逆にこんなことできないから。今だけ好きにさせてほしいな」
「かしこまりました。では、まずは浴室から準備致しましょう。準備ができるまではサロンでお待ちください」
「ありがとう、色々無理言ってごめんね」
「部屋の準備ができるまでだから。お願いね」
ダメだったら最悪、本城で湯浴みしてから帰って来ようと言ってたんですけれど。
ローガンさんが柔軟な人でよかったです。
執事と侍女が指示を出し始めて解散になったので、私と明香里は大人しくサロンに向かいます。
東側の成美ご要望の部屋です。
適当なところに座るとすぐにシルヴィアがお茶を淹れてくれます。
有り難く頂いて、一息つきます。
「良かったね、OK出て」
「うん。あの管理人さん、ちょっと怖い人かもって思ったけれど、いい人でよかった」
「だね」
国王陛下の方で用意した人かな。
第二王子が担当してたらあんな人来ないだろうし。
もしかしてスヴァンテ様の口添えもあったのかな。
国王陛下と第二王子が主体で行ってるとは言っても、王位継承権を持つ面々はある程度口出せるのかもしれませんね。
実際に即位した時に、異邦人と一番関わるのは彼らですし。
適当に話をしていれば、ローガンさんが顔を出します。
どうやら指示を出し終えたようです。
改めて挨拶をして、ローガンさん……ハロルドは穏やかな表情になります。
「皆様のことは侍女や執事から報告を聞いております。特にアレン様は悪しように言う者もおりますが、悪意によって作られた噂はやはり当てになりませんな」
「ハロルドは家名なしをそこまで気にしないんだ」
「肩書も大切な要素とは思いますが、それがすべてではないと思っております。何分、姪であり第二側妃が元平民の方ですので」
「えっ、そうなんだ」
「第二側妃ってことは、スヴァンテ様のお母様か。ローガン侯爵家が後ろ盾として、養女にとって、嫁いだって感じかな?」
「その通りでございます。鮮やかな金の髪と、強い魔力を持ち、その上で気性も穏やかで心優しい少女でしたので。彼女とは他の方とは違い、恋愛結婚でした」
「それって浮気って言わないの?」
「政略結婚する場合、ある程度は黙認するみたいだよ。身分が高ければ高いほど、好きな相手と結婚できるわけじゃないから。あと、王家の場合、国の存続優先で一定人数は側室抱えておかなきゃならないんだと思う。日本にだってあったでしょ、大奥」
「そういうものってこと? 世界が違うと結婚とか、恋愛観とかも全然違うんだね」
「そうだね」
しみじみと頷きます。
そういう意味では本当に大変な世界だと思います。
まぁ、世界がまだ発展途上で、どうやって社会を作るのがいいか模索している途中ってことでしょう。
今のところこれで完成されているので、王制が崩壊するまではまだまだかかるでしょうけれど。
暴君とか出てこないよう、祈るばかりですね。
「ハロルドがアレンのこと悪く言う人じゃないの、安心だな」
「そうだね。私も安心して離宮が使えるよ」
「そう仰っていただけて光栄にございます。こちらに勤める者は皆様がご安心して日々を過ごせるようにと、レティシア様とスヴァンテ様が主体で揃えた者です」
「なるほど、そういうことだったんだ。2人にはお礼を言っておかないとね」
「わたしもお礼言いたいな。会う機会ってあるかな」
「直接会う機会は少ないけれど、スヴァンテ様だったら文通してるから、そっちで伝えられるよ」
「王子様と文通ってすごいね」
「ワンコに懐かれてるみたいなものだよ」
「流石に不敬じゃない?」
冗談だったり本気だったりすることを言って、笑い合います。
そのうちに浴室の用意が終わったようです。
使用人が使う部屋をちょっとお借りして、お風呂に入ります。
「これくらい狭い方が落ち着くなぁ」
一般家庭のお風呂にちょっと狭いくらいでしょうか。
団地だとこれくらいかもって思うようなサイズです。
湯船に浸かって一息つけば、いつも通りにシルヴィアが髪を洗ってくれます。
狭いからいいって言ったんですけれどね。
お手入れは一日でもサボれないと懇願されました。
「平民だとこんな感じなの?」
「もう少し狭いですね。湯舟と言うよりは、桶に入るみたいな感じです。足を延ばせるだけ贅沢ですよ。場所によってはお風呂がなくて、タオルで身体を拭くしかできないっていうところもあります」
「そうなんだ。ひょっとして、そういう場所から流行病とか、起きたりする?」
「はい、政策をとってどうにかできないかと試行錯誤しているようですが、毎年たくさんの方が亡くなります」
「そっか。衛生管理って一朝一夕じゃないしなぁ。異邦の知識でアドバイスして変わればいいかな」
そう簡単な話しでもないでしょうけれど。
単純な手洗いうがいである程度予防はできるとは言っても、お風呂に入って全身を洗うっていうのが難しい人達はそれだけで病気のリスクが跳ね上がりますし。
場所によっては町全体を綺麗にするところから始めないとならないっていうのもあるでしょう。
国の事業として街の清掃を行うにしても、その準備からして難しいですし。
「今はこうして毎日湯浴みできることに感謝して使わせてもらうよ」
「わたしも、アレン様に倣って感謝しながら使うことにします」
日本だと毎日お風呂に入れるのは当たり前だった。
でも世界が違うとこういうところでも差が出る。
それを異邦の文明とか知識とか、知恵を使って解決するなら、確かに英雄・聖女と呼ばれるのにも納得ですね。
ある意味では救世主の側面を持っているのですから。
今のところそれをどうにかできる術はないので、そのうちどうにかできる目途が立って、機会があったら手を出してみましょう。
何時になるかはわかりませんが。
ゆっくりと湯浴みを終えて、寝室代わりのティールームにやってきます。
畳の上は靴を脱ぐというのは徹底されているらしく、メイドたちも当たり前に靴を脱いで作業しています。
聞いてみれば、その昔、畳が持ち込まれた時に靴のまま上がって当時の異邦人達にぶち切れられたとか。
いやぁ、歴史だなぁ。
「お泊り会って感じでワクワクする」
「きっと今日だけだよ。明日にはもう気にしなくなってるよ」
「確かに、ありうる」
畳の部屋で布団の上に座り込んでお喋りって、本当にお泊り会って感じです。
部活の遠征とか、修学旅行とかこんな感じでしたね。
「修学旅行思い出すな」
「私も思った。いつまでも起きてお喋りして、先生に怒られたりとかね」
「早く寝ろーってね。でもワクワクしてるから余計寝れなくて、次の日寝不足で歩いて辛くなるんだよね」
「そうそう。それで移動のバスの中で熟睡するんだよね」
「でもレクリエーションやるからって叩き起こされるんだよね。勝手にやっててよーって思ってた」
「それなぁ」
思い出話に花が咲き始めれば、止まることなく。
陽が落ちてからもしばらく私たちはお喋りして笑い合ってました。




