崩壊点
「なぁ、お前が誰なのか知らねぇが一つだけ、ハッキリさせろよ。お前は敵か?」
イェニチェリの密かな息遣いと口に注がれるチューブの液体の水音が木霊する不気味な部屋の中で、睨み合うパーサーとヴェルナーの間にジェームズが割って入る。
「おや、君は?」
ヴェルナーは今、初めて存在に気がついたと言うように視線を移す。
「どうして、俺がお前に名乗る必要がある?さっさと、さっきの質問に答えろよ」
ジェームズは、不敵な笑みを浮かべて挑発気味に言い放つ。
「まぁ、君が何者かなんて僕の知ったことじゃないね。さて僕が敵か、だったね?特別に答えてあげようか、それは君ら次第だ」
そう言って、ヴェルナーは微笑みを消してパーサーたちを見る。
「僕ら、次第?どういう事だ?」
「僕の邪魔をしなければ、君らがどこを彷徨おうが感知しないってことだよ」
つまらなそうに答えるヴェルナーにパーサーは彼の心意がわからずに困惑する。
「君は明らかに、ここの組織と繋がってるよね?」
ライトを持って堂々と施設の中を動けるヴェルナーは、明らかにイェニチェリと関係している。
パーサーは確認するために聞くとヴェルナーは、それがどうしたと鼻で笑う。
「その程度の事を言う必要あるか?くだらない質問はするなよ」
「念のためさ。ラビは、どんな些細なことでも齟齬を嫌う。習性みたいなものだよ」
教会の一員である君も同じだろと、パーサーが指摘するとヴェルナーは一緒にするなと口にする。
「さっきの続きだけど、君はここの一員って事で良いんだよね?」
「そう思えば良い」
「なら教会………いや、君はカトリックだったね?なら、カトリック派の一部が、ここの組織を支援してるね?」
「一部?教会全体かも知れないけど?」
ヴェルナーの言葉に、それは無いよとパーサーは即答する。
「もし全体が関わっていたら、リリス先生が黙って無いよ」
「リリス様を、先生呼びとは畏れ入るな、お前」
「つまらない答えは返さなくても良いよ。それより、良いの?僕らを野放しにして?」
つまらない答えと言われて、わずかに片目の端がピクリと動いた。
しかし、ほんの一瞬だけで問題無いとパーサーの問いをきり返す。
「君たちのようなネズミが何匹這い回ろうと、僕の仕事には何の影響もない」
「もし捕まったら、盛大にお前が逃がしてくれたって宣伝してやるぜ?」
「勝手にすれば、良い」
即答されたジェームズは、面白く無さそうにムカつくヤロウだと悪態をつく。
「もう良いか?僕は忙しいんだ」
「あぁ、ごめん。あと少しだけ、良いかな?」
「はぁー、早くしろ」
「それじゃ、この部屋の外にある戦車。あれは?」
「ある人物の依頼で作ってやった玩具さ。もし、逃げるなら使えばいい」
「そのときは、そうさせてもらうよ」
「次」
つまらなさそうに促すヴェルナーにパーサーは一度、彼への視線を外して部屋を見渡す。
「彼らに何したの?」
ヴェルナーも周囲に座るイェニチェリを一瞥して退屈そうに口を開く。
「見ての通りだよ。自我を無くさせて泥臭いgolemを着せてるだけさ」
「自我を無くす?どうやって?」
「ロボトミー………まぁ、君たちは知らないか。本当は、精神疾患の患者に使う手術なんだけど、ここの奴らは、それで自我を取り除いたんだ」
そう言ってヴェルナーは、近くのチューブを手に取る。
「自我が無いせいで食べることも、飲むこともできない。だから、こうして流し込むしかない」
「………酷い」
パーサーは、そう呟くと兜を握り締める。
「………何で、そんな事を」
「そこは、君の方が専門だろ?」
ヴェルナーに言われてパーサーは、手元の兜を見詰める。
「golemは命令で自律して動く。どんな重作業でも楽にこなせる力もある。この鎧みたいに着れるgolemがあれば、汎用性は無限大だ。………でも」
「着てる奴の負担がデカすぎるな」
「そう。人間がgolemの力についていけるはずが無い」
「そもそも、着ている奴の意思に関係なく、動くからな。反発し合ってまともに動けねぇ」
「へぇ、君もgolemに詳しいね。もしかして、君もラビかい?」
「さぁな、自分で考えてろ」
ジェームズの挑発にヴェルナーは、どうでもいいと一言返す。
「もう、良いだろ?」
「最後に一つ。マリアをどこにやったの?」
「………それを聞いてどうする?」
「もちろん、助けるのさ」
「彼女を助ける?身の程を弁えて発言しろ!土で汚れた手で彼女に近づくな!」
マリアの名が出てくるとヴェルナーは明らかに不機嫌になり、パーサーを怒鳴る。
「良いか、彼女はお前たちとは違う。忌まわしいgolemの作り手。彼女は僕と同じ機械の作り手だ。しかも、僕と肩を並べるほどの才能ある!」
君に相応しく無いんだよとヴェルナーはパーサーを睨む。
「おお、怖っ。一方的な恋恋慕ってのは嫌だねぇ〜。もしかして、その頬の赤いのは、その子にやられたのか?」
「そんなのマリアが決めることだ!」
「ラビ風情が!」
ヴェルナーが、激高する。
しかし彼は大きく息を吸い込み、感情を押さえる。
「………僕を怒らせて何を企んでいる?」
ヴェルナーが低く声を発する。
そして、不意に後ろを振り向くと鼻で笑った。
「そこで止まれよ、泥人形」
部屋の暗闇に紛れてヴェルナーの後ろに回り込んだクラーディが歩を止めた。
「浅はかな奴らだな。こんな手に引っ掛かるとでも思ったのか?」
「余裕そうだね。後ろに気付いても三対一で、君が不利だろ?」
「いつーー」
ヴェルナーは指をパチンと鳴らす。
「僕が一人だと言った?」
直後、部屋に居るイェニチェリ全員が一斉に顔をパーサーたちに向ける。
「三十対三だ」
「………まじかよ」
「……………」
ヴェルナーは、笑みを浮かべる。
パーサーはクラーディを見る。
クラーディはヴェルナーの近くまで接近出来ていたが、近くのイェニチェリが立ち上がり、彼の手を掴んで拘束している。
「あの泥人形が唯一の希望かい?無駄だろ。戦闘用のgolemじゃないだろ?知ってるよ。戦闘用以外のgolemは人に危害を加えられない。イェニチェリの中身はあくまでも人間だから、手出しなんて出来ないだろ?」
出来ても戦闘専門のイェニチェリに勝てるわけがないとヴェルナーは笑い掛ける。
「……………うん。確かに、そうなんだけどね」
「ああ、そいつはなぁ〜、色々と特別なんだよ」
「?」
ヴェルナーの眉が僅かに動く。
その瞬間ーー
ゴンッ。
鈍い音が部屋に響いて慌てて振り返る。
ヴェルナーの視界の端で顔を凹ませてイェニチェリが倒れ込む。
そして、その脇で血に濡れた兜が床を転がり、無力だと思っていた泥人形が勢い良く自分に向かって来ている。
ありえない!
あの型のgolemは、人に手を出せないんじゃなかったのか!
ヴェルナーは想定外の状況に思考が追いつかない。
しかし、本能からか咄嗟に前へと逃げようと半身になる。
だが、前にはパーサーたちがいる。
「来るな!!」
ヴェルナーが叫んだときには身体に衝撃が走る。
気付いたときにはクラーディが覆いかぶさるように冷たい床へと倒れ込む。
「でかした!そのまま、押さえつけとけ!パーサー、奴の口を縛るぞ!」
「待って」
イェニチェリに命令出来ないように縛ろうとするジェームズを止めてパーサーは、片膝をついてヴェルナーの様子を確認してみる。
「………動かない」
「気を失ったのか?」
「そうでも無さそうだよ」
「もしかして、頭の打ちどころが悪かったのか?」
「いや、これは……………」
ヴェルナーの頭には何の異常も無さそうに見える。
しかし彼の顔色は悪く、大きく眼を見開いて視線が一点に固定されて硬直している。
そして、さらに全身に眼をやると指先は震え、肌に鳥肌が立っている。
これは、まるでーー
『要は下地の問題。下地の無いマリアはどうしても、あの蝋のwaxworkだったわね?人に近い容姿のgolemが不気味な存在いえ、不自然な存在として認識してしまうのよ。専門用語的には『不気味な谷』と言うのだけどね。マリアの場合は、それに加えて人としてか物としてか接し方が解らずに混乱してしまうのよ』
いつかの船の中でリリスが話した内容が脳裏を流れた。
「ヴェルナー………」
瞳の端に涙が浮かんでいるせいか、年相応よりも幼く見えるヴェルナーにパーサーは問い掛ける。
「君は……………golemが恐いのか?」
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