沈黙に従う兵たち
クラーディが拘束されていた部屋には別の扉があり、二人と一体は慎重に部屋から出る。
部屋の外は、必要最小限の明かりが通路を照らしている。
「………ここって、反乱軍の拠点なんだよな?」
「うん、そのはずだよ」
人の気配がない通路を進みながら、ジェームズはふと、疑問を口にする。
「その割には何か……………、静かすぎないか?」
「そうだよね。なぁ、クラーディ。君を捕まえた奴らの人数って、わかる?」
パーサーは、二人を先導するクラーディに声を掛ける。
クラーディは、少し立ち止まるとパーサーに振り返り、わからないといった風に首を振る。
「もしかして、この拠点は放棄したのかな?」
「いや、それにしては妙だ。灯りが着いているし物資も、そのままだぜ」
ジェームズは、そう言うと通路を見渡す。
通路には雑多な木箱が歩行の邪魔にならない程度に並べられており、とても放棄したようには見えない。
「イェニチェリが反乱軍に手を貸してるなら、放棄する必要も無い筈だ」
ジェームズが、そこまで言ったとき、不意にクラーディの足がある扉の前に止まる。
「クラーディ、ここに皆が居るの?」
パーサーが、そう尋ねるとクラーディは小さく頷く。
そして、クラーディがドアノブに手を掛けるとカチャと軽い音ともに扉が開く。
パーサーたちは、すぐに部屋へと身を滑り込ませると、そこはちょっとしたラウンジのような造りになっており、床には割れた小瓶が二つ落ちていた。
また、部屋の隅では再生が終わったレコードがパーサーたちを迎え入れるかのようにヂリヂリと空の音溝をなぞる針の音が響く。
「ヒュ〜。結構、良い酒があるぜ」
「ジェームズ、そんなのに構っている暇は無いよ」
ジェームズが、カウンターに歩み寄り、戸棚から高級そうな酒を取り出すのをパーサーは咎める。
「別に良いだろ?ここまで動きっぱなしだったんだ。水分補給だよ」
「君って奴は」
ジェームズは、蓋を開けるとグラスに注ぐ事無く、そのまま酒を口にする。
そして、お前もどうだと勧めるが、パーサーは遠慮しとくよと断わる。
そして、床に落ちている二つの小瓶を観察するように近付いてみる。
小瓶の周囲は湿っているが、水滴は無い。
割れてから、ある程度の時間が経っている。
また、僅かにアルコールとは違う薬品のような匂いが残っていた。
「ここには何も無いね。先に行こう」
「待てよ、パーサー。ほら、チーズもあるぜ」
部屋から出ようとするパーサーを呼び止めてジェームズは、どこにあった物なのかチーズを差し出す。
「……………ジェームズ、よくこんなときに食欲が出るね」
「馬鹿。こんなときだからこそだよ。何も食って無いだろ?」
呆れた様子のパーサーに悪びれる事無く、ジェームズは答える。
しかし、確かに戦場について以来、何も食べてはいない。
チーズの香りでパーサーの腹は思い出したように食べ物を受け取れと主張しだす。
「………それじゃ、一つだけ」
「おう、食える内に食っとけ」
パーサーはチーズを一欠片、口に入れる。
すぐに濃厚な味と風味が口に拡がると完全では無いが腹の主張が少し収まる。
「さて、ここからどうするかな?」
「そうだね。………クラーディが、あの部屋に居たってことは、ここの何処かに皆が捕まってるって事だから、助けないと」
「おいおい、助けるって言っても俺たちだけでどうする事もできないだろ?脱出が優先だ」
「あのね。僕ら三人で脱出できると思うの?ここは、ハミルトン大佐やリヒト少尉みたいなプロの人たちと一緒に行動した方が確実だろ?」
「あのな、人数が多いと隠れ辛くなるだろ。少人数で行動する方が正解だ」
二人が今後の方針を話し合っていると不意にクラーディがパーサーに近付いて来て、彼の肩に手を叩く。
「クラーディ?どうしたの?」
パーサーが不思議そうに振り返るとクラーディは再び、彼の肩を叩く。
その仕草の意図はまるでーー、
「クラーディも僕に賛成みたいだ。これで二対一だよ」
「二対一って、golemだろ………いや、そいつの中身はEveだったな」
ジェームズは、仕方なさそうにため息を吐く。
「脱出が優先だ。だが、その過程でお前んトコの仲間を見つけたら、助ける。これで良いな?」
「ああ、それで大丈夫だよ」
話が纏まり、パーサーがチーズの最後の一欠片を口に入れる。
そして、急ごうとラウンジの扉へと向かう。
そのとき、クラーディが何かに気付いたようにパーサーの行動を止めようと手を伸ばす。
しかし、その行動は一歩遅く、パーサーは扉のノブを掴むとカチャと扉を開ける。
「!?」
直後、パーサーは時が止まったかのように硬直する。
「まじかよ、最悪じゃねぇか」
ジェームズの口から思わず、そんな言葉が漏れる。
扉を開けたまま硬直するパーサーの目の前には一人のイェニチェリが立っていた。
「……………」
イェニチェリの視線がパーサーに注がれる。
パーサーは目の前のイェニチェリを刺激しないようにゆっくりと動き、距離を取ろうとする。
いつ、イェニチェリの腰の剣が抜刀されてもおかしくない状況でパーサーの額からは汗が流れ落ちる。
「……………」
イェニチェリの兜の奥で、瞳だけがゆっくりと動き、パーサーを見詰める。
パーサーの後ろではクラーディが、いつでも飛びかかれるように腰を低くしており、その後ろではジェームズが手に酒瓶をナイフのように構えて警戒している。
「……………」
「え?」
緊張に満ちた均衡は唐突に終わりを迎える。
突然、パーサーたちに興味を失ったようにイェニチェリが視線を外して踵を返すとカチャ、カチャと鎧の金属音を響かせて何事も無かったように歩き始めた。
「おい、パーサー。どうなってんだ?何かしたのか?」
「わからないし、何もしてないよ」
二人は不思議そうにお互いの顔を見合わせる。
「どうする?今なら背中だ。殺るか?」
「殺るかって、そもそも勝てないだろ?」
「だが、通報されるかも知れねぇぞ?」
「……………でも、通報するような雰囲気じゃなかったよ?」
そう言って、パーサーは少しずつ遠ざかるイェニチェリに視線を移す。
先ほどの突然の遭遇で確実に眼が合ったはずなのにイェニチェリは、何も反応しなかった。
まるで、ラビの命令を受けていない状態のgolemのようだとパーサーは感じていた。
「……………後を追ってみよう」
「まじかよ」
どうしても、イェニチェリの不可解な行動が気になり、パーサーは後を追う事にした。
すぐに動き出すパーサーとクラーディ。
ジェームズも気になっているのか口では悪態を一言つくだけでパーサーの後をついて行く。
カチャ、カチャ、カチャとイェニチェリが薄暗い通路を歩いて行く。
イェニチェリの先ほどの反応から、隠れる必要があるように思えなかった。
しかし、念のためにパーサーたちは音を立てることなく、後を追う。
「どこまで行くんだろ?」
「さぁな、おっ!止まったぞ」
通路の奥にある大きく頑丈そうな鉄の扉の前でイェニチェリは歩を止める。
扉の前で一瞬だけ静止した。
扉を開ける仕掛けでもあるのかとパーサーは見ていた。
だが、あろうことかイェニチェリは片手で鉄の扉に触れると素手で開けだした。
ゴゴゴゴゴ……
鈍い音がパーサーたちの胸の奥まで響き渡り、鉄の扉が開き始める。
「なんて、パワーなんだよ!本当に、人間かよ………!」
「ああ、まるでgolemだ!」
二人は驚愕して眼を見開く。
そうしているうちに扉が開くと再び、イェニチェリが中へと歩き始め、扉が少しずつ閉じられていく。
「急ごう!」
パーサーたちは最早、隠れる事無く走り出して鉄の扉を潜る。
「これって!」
「こりゃ、スゲェな」
扉の先は広い空間になっており、そこには数十両の鉄の怪物、戦車が眠るように停車していた。
「こんだけあれば、オスマン帝国転覆なんて話で終わらねぇんじゃないか?」
「そうだね。これだけあれば、中東全てを手に出来そうだ」
二人は、並んだ戦車の列に圧倒される。
そのとき、パーサーの袖をクラーディが引っ張る。
「どうしたの?」
パーサーが問い掛けるとクラーディはある方向を指差した。
「あれは!」
パーサーの息が詰まる。
クラーディの指し示した方向には、空気が抜けた風船のように萎んだボロボロな飛行船が鎮座していた。
改めて、この場所にマリアたちがいるのを確信してパーサーは手を握り締める。
「おい、今は呆けてる暇は無さそうだぜ。イェニチェリの後を追うんだろ?」
「そう、だね。行こう」
ジェームズに促されてパーサーとクラーディは戦車の列の間を通り抜ける。
「居た」
格納庫の隅にある扉の前にイェニチェリがいるのを見つけてパーサーたちは近付いて行く。
そして、イェニチェリが扉の中へと入って行くのを確認するとパーサーたちも慎重に部屋へと入る。
中は暗く、何も見えない。
ただイェニチェリが歩く金属音と僅かに水が流れる音だけが木霊する。
「ここも広そうだが、何も見えないな」
「そうだね。何か灯りがあれば良いんだけど」
「バレないか?」
「あんな、あからさまな追跡してたのに反応しなかったんだよ?多分、大丈夫だと思う」
二人が話している間にクラーディが部屋に備え付けてあるランタンを見つけてパーサーに差し出して来た。
「クラーディ、ありがとう。ジェームズ、マッチ持ってない?」
「ちょっと待てよ」
ジェームズが上着のポケットを探り、マッチ箱を取り出す。
そして、ランタンに灯りを灯すと近くが見えるくらいの光が浮かび上がる。
「「!?」」
その瞬間、二人はあまりの光景に口を開ける。
ここに来るまで何度も驚愕したが、小さなランタンに浮かんだ部屋の光景は驚愕以前に異様で不気味な雰囲気に包まれていた。
「うっ、吐きそう」
「何なんだよ、これは?」
そこには幾つもの長椅子に向き合うように座った三十人くらいのイェニチェリがいた。
しかも、兜を外して天井から垂れ下がるチューブを口に咥えて身じろぎせずに静かに座っている。
また、そのチューブの中をドロリとした液体が流れており、そのまま彼らの体内に流し込まれているように見えた。
カチャ。
二人は音のする方に顔を向ける。
そこには後を追っていたイェニチェリが長椅子の空いたスペースに腰を掛けているところだった。
そして、兜を脱ぐと脇におく。
二十代の後半くらいの精悍な顔つきで何の感情が浮かんでいない。
彼は、そのまま他のイェニチェリと同じく自ら、天井に垂れたチューブを掴むと躊躇いなく深く口に咥え込む。
「何してんだよ………」
「…わからない。彼らは生きてるのかな?」
パーサーの疑問にジェームズは近くのイェニチェリの首筋に指を当ててみた。
「………温かいし、脈もある。生きてるみたいだな」
ジェームズが言った"生きている"という言葉に、この状態で"生きている"と言っていいのかとパーサーは疑問を抱く。
パーサーは視線を逸らした。
それ以上、見ていられなかった。
視界の先にクラーディの顔が入る。
(?)
その右の瞳から、一筋の水が流れて泣いているように見えた。
しかし、それが天井から滴り落ちた水滴がたまたま、クラーディの顔に落ちただけだと思いなおす。
(いくら、クラーディでも泣くなんて機能はあるはずないよね)
チューブを加えたイェニチェリから思考を外して精神を落ち着かせる。
それから、暫くパーサーとジェームズは沈黙する。
「結局、こいつらは何なんだ?」
ジェームズはポツリと呟く。
パーサーは、徐にイェニチェリの兜を手に取ると内側を見てみた。
すると、
「ジェームズ!見てよ、これ!」
パーサーは、慌てて兜の中をジェームズに見せる。
「おい、これって!」
「ああ、命令文だ!鎧の内側に刻まれてる!」
ランタンに照らされた内側には、びっしりと刻まれた文字列が、鈍く光っていた。
「こいつらは………golemの一種ってことか?」
「……………Fresh・golem」
「いや、あれは死体を使ってる。だが、こいつらは生きた人間にgolemを着せてる状態だ。golemなんて言えるか!こんなモノ!」
ジェームズは苛立たしく、吐き捨てるように言うと手で額を押さえて畜生と毒づく。
「落ち着いて、ジェームズ。僕も、こんなのがgolemなんて認めないよ」
そのときーーー
「誰か居るのか?」
入口から、ランタンとは違う人工的な強い光が、差し込んだ。
パーサーたちは眩しさに眼を閉じる。
「ああ。誰かと思えば、君か。泥臭いラビ。名前は………ベルメールだったかな?」
光の向こう側から、人影が相手を小馬鹿にしたような物言いで話し掛けて来た。
パーサーには、その声に聞き覚えがあり、薄く眼を開ける。
光の向こうにいる人物の顔が徐々に見えてくる。
金髪で薄っすらと人を馬鹿にする微笑みを浮かべるパーサーと同じ歳くらいの少年が立っていた。
「………なぜ、君がここに居るんだ、ヴェルナー?」
パーサーは、ヴェルナーに問い掛ける。
「どうして、僕が君に説明する必要がある?自分で考えてみなよ」
ヴェルナーは、微笑みを貼り付けたまま、そう言ってパーサーを見つめていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!引き続き、よろしくお願いします!




