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69・見限られた街 その二

今回読みようによっては不快な思いをするような書き方をしています。


ではどうぞ。

 トリロ伯爵の館に向かって通りを歩いていると、瑠華はやたらと視線を感じていた。

 警戒、興味、敵意、そんなところだろう。


 「なんなんだろうね、彼等は?」

 「?なにがですか?」

 「視線を感じるだろう?その意味はなんなのかなって思ってね?」

 「意味、ですか………」


 街の住民からとガラの悪い男達からの視線。二つとも同じ視線。気にもなるというもの。



 それともう一つ。

 何故その視線がシンにまで向けられているのか?



 瑠華に向けられるのは当然だろう。

 全身を黒のローブで覆い、目深に被ったフードで顔が見えずどこからどう見ても「怪しい」の一言に尽きる。

 明らかな余所者に警戒しても普通のことである。


 でもシンは違うだろう。この街の人間なら知っているはずだ。


 誰もシンに声を掛けない。遠巻きに見てるだけ。しかも敵意を剥き出しにして。でもこちらが向くと視線を逸らす。

 シンもそれに気付いているから、先程から困惑したように街の住民を見ていた。


 「ふんむ、聞いてくるか」

 「え?あっ、ルカさん!」


 瑠華は少し遠くに居た、一際鋭い視線でシンを見ていた初老の女性に近付いていった。

 その背中にシンは呼び止めようと声を上げるが、瑠華はシカトして行ってしまう。


 「………ルカさんって前向きというか、真っ直ぐっていうか、なんていうかルカさんですね………」


 シンはため息を吐きつつ、瑠華の後を追った。





 「失礼」

 「……………なんだい?」


 瑠華が初老の女性に近付いて声をかけると、女性は警戒したように顔をしかめる。

 だが瑠華は全く気にせずに、問いかける。


 「貴女先程、シンのこと見てましたよね?」

 「……………なんのことだい?」

 「ああ、面倒なのでくだらない問答は止めましょう?僕はただ、貴女がシンに向けていた視線の意味を知りたいだけなんです」

 「…………」


 瑠華の尊大な態度に、女性は更に険しい顔つきになる。そして瑠華の肩越しに後ろに視線をやり、シンを見て顔を背ける。


 「…………ふっ」


 その女性の様子に、瑠華から思わずといった風な笑いが(こぼ)れた。

 それを耳にした女性は馬鹿にされたと思ったのか、顔を赤くして凄い形相で瑠華を睨む。

 瑠華は特に悪びれた様子もなく、目深に被ったフードの下から女性を見続けていた。


 暫し無言の睨み合い(ただし一方のみ)が続く。




 「………何してるんですか、ルカさん?」

 「………う~ん、語り合い?」

 「いや、聞かれても困ります…………」


 シンは瑠華へと呆れた視線をやった後に、女性に向かって笑いかけ小さく頭を下げた。


 「お久し振りです、マリーカさん」

 「……………」


 女性はシンの方を見ようとせず、あらぬ方を向いていた。その態度にシンは悲しそうに顔を歪ませる。


 「………先程の質問に答えて頂きましょうか?何故シンにそんな厳しい視線を向けるのか、何故そんな態度をとるのか」


 地を這うような冷たい声で瑠華は女性、マリーカに問いかける。フードの中のマリアとムツキが、落ち着かせるようにもふもふな前足や体で瑠華の顔や首を撫でる。


 癒されて口元が緩んでしまう。



 マリーカは声に込められた明らかな威圧にびくりっと肩を震わせたが、変わらずにそっぽを向いていた。


 気持ちを切り替えるようにシンは一つ息を吐き、瑠華に声をかける。


 「ルカさん、行きましょう?伯爵の屋敷はもうすぐそこです」

 「……はぁ、行くか」


 二人が踵を返しマリーカから離れようとした時に、呟くような小さな声が聞こえた。


 「…………そいつは裏切り者なんだよ」


 その聞き捨てならない言葉に、二人は訝しげに振り向く。


 「裏切り者?」

 「そうさ、そいつは両親が死んで、できてしまった借金の返済が出来ないからってたった一人残った家族を売った、この街の裏切り者なんだよ!」


 マリーカは吐き捨てるように、憤りを隠さずに言う。シンの方を見ることなく。


 「あの馬鹿男のせいでこの街は見捨てられた。皆出ていった。だからこの街に残った私達は、伯爵に頼らないで皆で力を合わせて助け合おうって言ってたのに!なのにそいつは、自分が苦しくなったら掌返して伯爵に妹と店を売って、自分だけさっさと逃げた!」


 瑠華はマリーカの言葉を聞きながらチラリとシンを見て、押し殺せなかったため息を吐いた。


 「一体、どの面下げてこの街に戻ってきたんだ‼」


 マリーカはこの時になって漸くシンを見た。


 シンは言葉もなく立ち尽くしていた。マリーカを驚愕の表情で凝視したまま。


 「………その話、誰から聞きました?」

 「ふん、皆言ってるよ!」

 「……………」


 皆が言っている。それは確証がない只の“噂”でしかないってことだな?


 「その話を貴女は信じたんですね?」

 「だって事実だろう?現にサラは伯爵の奴隷になっているし、シンは居なくなった。話が本当の証拠じゃないか」


 シンには悪いが、この街への印象は地に落ちたよ。土の中に埋めちゃったよ。


 「貴女はシンの家族を知っていますか?」

 「ああ、そいつが生まれた時から知ってるよ。私は母親と仲が良かったからね」

 「そうですか。では貴女はシンをよく知っているにも関わらず、どこから流れて来たかも分からない不確かな話を信じて、シンを糾弾したわけですか」

 「――っ⁉」


 マリーカは驚いて瑠華を見るが、既にマリーカを意識から外しシンの方を向いていた瑠華は、力なく項垂れているシンの頭を撫でる。


 「シン、行くよ。来なさい」

 「……………はい」


 そのままマリーカには一瞥もくれることはなく、伯爵の屋敷に向けて歩き出す。


 「こっちに」


 とぼとぼとショックを隠しきれない様子で背中を丸めて歩くシンを、瑠華は手を引いて民家の陰に連れていく。

 そこは元々少ない人影が更に居なくなり、周りには人の気配はない。テトとリトも影から出てきた。


 「なんなのかしら、あれは」

 「人間は本当に面倒な生き物だな」


 テトとリトは呆れているようで、でもシンの為に怒っているようだった。


 「シン、飲め」


 シンの目の前にアイテムボックスから取り出した飲み物が入った木のコップを差し出す。シンはそれを受け取ったが、手に持ったまま飲もうとはしなかった。


 テトとリトはナニかに気づいたように瑠華に視線を向ける。


 「ルカさん、おれ………」

 「さっきのババ………女性のことなら気にするな。それに僕達もあんなことで態度を変えたりしないしな」

 「…………はい」


 嬉しそうに小さく笑ったシンは、手の中の飲み物を口に運び飲む。


 「「あ」」

 「ぶっはあ⁉」


 だがすぐに盛大に吹き出し咳き込む。テトとリトはため息を吐いていて、瑠華は感心したように見ていた。


 「なんですか!これはっ⁉」

 「大丈夫、それは只の……所謂気付け薬のようなものだよ。(トーラ)大陸で使われているものなんだ」

 「……薬?」


 シンが全く信じていないようなじと目で瑠華を見る。


 「大丈夫だ、シン。それは味は酷いが毒ではない。本当に気付け薬として使われているものだ」

 「………そう、ですか……」

 「どうして僕の言葉は疑うのに、テトの言葉は信じるんだ?」


 「「「「日頃の行い」」」」

 「きゅ」


 テト達だけでなく、マリアとムツキまで⁉


 ちょっといじけちゃうぞ?


 「でも確かに気付け薬としては効果は凄いですね、この強烈な苦味と鼻が痛くなるほどのつーんとする感覚。世界は広いですね」

 「………まぁ、使う相手は専ら酔い潰れた酔っ払いに、だかな」


 あらら、バラさらちった。


 テトの言葉を聞いて、シンが勢いよく瑠華を見る。


 「さて、シンが大丈夫なら伯爵の屋敷に行こうか」


 シンから視線を逸らし促す。テトとリトは笑いながら影に入り、シンは瑠華を凝視したまま歩き出す。


 視線が痛いぜ!









 「お、あれか?伯爵の屋敷は」

 「そうです」


 あれから更に街の奥に入り、比較的立派な家が建ち並ぶ場所にやって来た。そしてその中で一際大きく豪奢な家があった。

 しかも門の前には二人の剣を持った兵士達がいた。


 あちらに気づかれる前に一旦立ち止まる。

 フードの中のマリアとムツキを出して、腕に抱く。


 「マリア、君は目立つから影に入っていてくれ。〔従魔の首飾り〕をしていても、ドラゴンを貴族の前に連れていけば色々と言われるだろう。しかも相手は“良い人間”とは言えないみたいだしね」


 マリアの身体を丁寧にゆっくりと撫でる。マリアはじっと瑠華を見つめていた。


 「君に不愉快な視線を向けられのは、僕が嫌なんだ。だからお願いね」

 「分かったわ」


 マリアはぺろりと瑠華の手を舐めて影に入っていった。ムツキにも同じように言おうとしたら、先にムツキが動いた。


 「きゅ」


 瑠華の腕から抜け出て、フードの中に入ってしまった。そしてそのまま丸くなり出てこようとしない。

 瑠華は苦笑してムツキに向かって言い聞かす。


 「ムツキ、絶対にそこから出ては駄目だよ?」

 「きゅ」


 フードの中から聞こえたしっかりした返事に、もう一度笑う。


 「悪いね、シン。それじゃあ、行こう」

 「はい」




 門の前に来て立っていた兵士達に話しかける。相手は警戒するように、剣に手を添えている。


 「トリロ伯爵にお逢いしたいんだが、取り次いでもらえないだろうか?」

 「…………少し待っていろ」


 一人がちらりとシンを見て、屋敷の中に入っていった。

 どうやら伯爵は本当にシンに逢いたがっているらしい。



 残ったもう一人の兵士は、瑠華をじろじろと見ている。その値踏みするような視線に心から吐き気を催す。


 「…………なにか?」

 「……顔も見せない怪しい者を伯爵様に逢わせるわけにはいかない」


 ええ~……なんか顔を見せるの嫌ですなんですけどぉ。



 けれど相手の言っていることの方が正論なので、瑠華はフードを後ろにずらし目元がはっきり見えるようにする。

 瑠華の顔をしっかりと見た兵士は、息を呑んだ。



 なに、その反応?



 よく分からない兵士の反応に、瑠華とシンは首を傾げる。


 その時屋敷の中に入っていった兵士が戻ってきた。


 「直ぐにお逢いになるそうだ。だがその前に武器を預からせてもらう」


 腰に差していたミスリルの剣を兵士に渡す。シンも背中側の腰に差していた(ロッド)を渡す。


 「では案内する。ついてこい」


 歩き出した兵士の後についていきながら、瑠華は一抹の不安を覚えていた。


 この先、思わず剣を抜きたくなるような不快な思いをする気がして。






 コン、コン。


 「伯爵様、シンを連れて参りました」


 中から入れ、という声が聞こえて兵士がドアを開ける。

 中に入ると五十代くらいの細身の、いかにも貴族然とした穏和な面持ちをした男性がいた。



 意外だ。意外過ぎる。肥え太った気持ち悪いおっさんとか想像していたのに、こんなに普通だとは。


 ああ、でも性根(なかみ)は腐ってるな。



 一目見てトリロ伯爵の“貴族”の皮の中身が見えて、目を細めて口角を吊り上げて笑う。


 【カイン】として培った観察眼と経験による勘と確信である。



 トリロ伯爵は先ず嬉しそうにシンを見て、次に瑠華に視線を向ける。そして門の兵士と同じように息を呑んだ。



 だからなんなんだよ、その反応は。



 「…………おおっ!」


 トリロ伯爵はなんというか恍惚した表情で瑠華を見つめて、手を伸ばしてきた。

 瑠華達はドアから一歩入った場所で、伯爵は反対側の窓の前で立っていたので決して触れられる距離ではないけれど。


 けれど瑠華は背中におぞましい寒気が走り、なるべく距離をとろうと閉じられたドアに張り付く。

 シンも気持ち悪そうに伯爵を見て、困惑していた。


 「……………なんと……美しい……」

 「あ゛?」


 思わず出てしまった嫌悪の声を許して欲しい。剣を抜かなかっただけ、褒めて欲しい。


 それほどまでに伯爵の声には、鳥肌がたつような気持ち悪さしかなかったのだから。



 「シンだけでも素晴らしいというのに、まさかお主のような美しい者が居るなんて!今日はなんという日だ!私は運が良い‼」


 僕達にとっては最悪な日だよ。


 「さあさあ、そんなところに立ってないでこちらに来なさい。その美しいものをもっとよく見せておくれ」


 もうさ、シンの妹を拐っちゃわない?


 「…………はぁ、本当になんと美しいことか………」


 どなたかヘループっ‼



 このまま回れ右してシンの妹を連れて街を出たくなったが、理性を総動員して堪える。


 本当に嫌だったが、仕方なく部屋の中央にあるソファーに座る。向かいにトリロ伯爵が座り、瑠華とシンを交互に見つめている。

 恍惚な表情のままで。


 部屋の中には窓からさんさんと太陽の光が入り、部屋全体を明るく照らしている。

 もっと薄暗かったら、伯爵の顔を見なくてすむのに。


 「………トリロ伯爵様、炎晶石を持ってきました。どうか妹を返して下さい」

 「ん?炎晶石?………おおっ、そうだった!炎晶石だな。見せてみなさい」


 シンは抱えていた炎晶石が入った包みを、テーブルの上に置いて開く。

 炎晶石は淡く光を放っている。


 「ふむ、確かに炎晶石だな」

 「では…………」

 「その前にシンよ……」


 トリロ伯爵は一旦言葉を切り、シンを真剣な顔で見つめる。シン顔を歪めていたが、妹のことがあるので黙って見つめ返す。


 「………お主私の奴隷にならぬか?」

 「「はぁあ?」」


 瑠華とシンの声が重なる。


 当然だろう。妹を奴隷から解放する為に来たのに、なんでシンが奴隷になるという話になるのか。


 「奴隷といっても無体なことはしない。ただ逃げられないようにするだけだ。お主は私の側にいてくれるだけでいい」

 「「………………」」


 もう、殺して良いだろうか?


 「それにお主も!私の奴隷になって、その美しい瞳で私を見続けて欲しい!」



 その瞬間、テト、リト、マリアが影から出て魔力を爆発させる。部屋の中が闇と氷に包まれる。

 テトはトリロ伯爵を押し倒し床に縫い付ける。リトはテーブルの上に乗りいつでも動けるように臨戦態勢をとる。

 マリアは瑠華の肩に乗り高々に鳴く。ムツキも顔を出して抗議するように鳴いていた。


 瑠華は部屋が濃厚な魔力に包まれて、その重圧に耐えられずにソファーに座ったまま胸をおさえているシンの背中を擦る。


 「シン、大丈夫か?」

 「…………はい、なんとか」

 「ああ、空間も遮断したのか」


 瑠華は部屋を見回し、マリアの空間魔法でドアの外と遮断されていることに気付き呟く。

 瑠華はシンの背中をさすりながら、テトに押さえ付けられているトリロ伯爵を見る。


 その顔は無表情で、目は冷えきっていた。


 「ひっ、ひぃぃっ」

 「言うに事欠いて我が主に“奴隷になれ”などと!貴様、楽に死ねると思うなよ?」

 「我等が主を侮辱した罪はその魂で支払いなさい」

 「生きたまま魔物の餌にしてやろうか……」


 僕の従魔達はなんて可愛くて格好良いのだろう!



 感動に心を震わせつつ、瑠華はあることを考えていた。




 伯爵は明らかに炎晶石には全く関心を示さなかった。


 では何故シンに妹と交換にするなんて言ったんだ?


 シンに奴隷になれとはどういう意味?

 シンになにか秘密がある?


 だったら死ぬ確率が高いヴァルザ火山に向かわせるようなこと言わないか。


 僕に奴隷になれというのは、伯爵にとってなにか意味がある?


 奴隷に意味などないと言われれば、それまでだけど。


 気になるのは兵士と伯爵の反応。

 僕の顔を見た途端に驚いていた。



 いや、正確には“瞳”かな?


 そう考えると先程の「美しい瞳で」という言葉で納得できる。


 そして極めつけは、伯爵の収集癖。






 「そうか。お前、アイズコレクターか」


 瑠華の呟きに、全員の目が集まった。





読んで頂いてありがとうございました。


見ようによってはBL要素に見えますので、不快な思いをされた方がいましたら申し訳ありません。


次の更新は29日の20時です。

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