53・懐かしい夜の会話
シンが寝ているベッドに近づき寝顔を覗き込む。
別に襲おうとしてる訳じゃないよ?
シンは昨日と違って穏やかな顔で寝ている。昨日は悪夢でも見ているように苦しそうだった。
余程炎晶石が手に入って安心したんだろう。
シンの様子を確認して、シンが寝ているベッドの足の部分に掛けられている〔穏やかな風〕のローブを手に取る。
ローブにはシンが『清潔』の魔法をかけてくれていた。
ローブを羽織ると、うとうとしながら瑠華を見ていたマリアとムツキが肩に飛び移ってきた。
瑠華がマジックテントの外に出ることを敏感に察したのだ。
二頭を撫でながら外に出る。
テトとリトが首だけを動かし見つめてきた。
「どうした、主よ?眠れないのか?」
「子守唄でも歌ってあげましょうか?」
二頭の完全な子供扱い的なからかいに、若干顔をしかめてしまった。
「そういうのはいいよ。ただ皆で話をしようと思っただけだよ。昔のようにね」
「なんだ、やっぱり寂しいんじゃないか」
テトの笑いとともに言われた言葉に、瑠華以外がおかしそうに笑う。
テトとリトの前、手を伸ばせば届く距離に座りながらため息を吐く。あぐらをかいて座った瑠華の足の間にマリアとムツキが乗る。二頭を撫でて気持ち良い感触を堪能する。
「だから違うって。ふと昔の旅を思い出したんだ。皆は元気でいるかなって」
脳裏に過る大事な人達を想い、遠くを見つめるように部屋の天井を見る。
そんな瑠華の姿を従魔達はただ静かに見つめていた。
「前に話しただろう?勇者や聖女、他の奴等も元気でやっているさ」
「と言っても私達の情報は一ヶ月程前のものだけどね。私達は主を通して外の世界と関わっていたから、主が居なくなれば関係はなくなるもの」
「リト、それを言ったら見も蓋もない」
「きゅぅぅ」
従魔達の会話に苦笑が漏れる。
この世界に帰ってきて再び彼等を喚んで、シェシカルの街で説明をした時以前の仲間達、特に勇者とマナについて聞いていた。
けれどテト達は【カイン】と誓約した従魔であり、彼が居なくなれば繋がりは無くなる。
テト達とここにはいない他の従魔達は【カイン】が死んだ後、遺体が埋葬されているフィンランディの領地で彼の墓の墓守をしていたらしい。
そして時おり訪れる者達と話をするぐらいで、外の世界のことは気にしていなかった、と。
瑠華はそれでいいのかと話を聞いて思ったが、それが魔物や幻獣の本来の在り方だと思い出したので何も言わなかった。
最後に訪れたのはレミーディア皇女殿下で一ヶ月程前、“他の人達も元気でいるから安心してね”と【カイン】に向かって話をしていたんだとか。
その言葉が【カイン】を安心させる為の言葉だったとしても、テト達から見ても元気そうだったと聞いて瑠華は安堵していた。
瑠華はこの時、テト達の言葉を疑っていなかった。
テト達も別に嘘をついているわけではない。ただ全てを語っていないだけだ。
確かにテト達から見て、レミーディアは元気そうではあったが決して“大丈夫”なようには見えなかった。
レミーディアの元気さは、空元気に見えたからだ。
レミーディアの心情をテト達は正確に把握していたが、自分達ではどうすることも出来ないので何も言わなかったのである。
彼女を“本当の意味”で救える存在はもうこの世界にはいなかったから。
その時は。
けれど今、その存在はここにいる。
本当なら今直ぐにでも逢わせてやりたいけれど、瑠華は神から頼まれ事をしている。
テト達は【カイン】の、瑠華の従魔だ。彼の望みを叶えるのが従魔達の総意で存在意義だ。
皇女より主を取るのは必然。
だから言わなかった。
皇女に対しての僅かな罪悪感を押し隠して。
「早く皆には逢いたいけど、ダンジョンも放っておけないんだよね。実際ダンジョンが出来たせいで、こうして被害が出てるんだし。これを放って逢いに行っても会わす顔がないからね」
「ふふ、確かに。勇者と聖女に怒られるわね、きっと」
「マナに怒られるのは勘弁したいね。アカは顔面に“ぷっちょん”を張り付けてやるけど」
マナの可愛い怒り顔と、アカの面白い泣き顔が目に浮かぶ。
“ぷっちょん”とは“勇者専用教育アイテム”としての役割を持つ従魔で、フェアリーキャタピラーという魔物の姿をした幻獣である。
体長は三十センチ程で、フェアリーの名の通り背中に透明な羽根が生えている。
とっても愛らしくて可愛い姿の芋虫だ。
芋虫なんだけどね。
魔物としてもとてもレアで滅多にお目にかかれない。
それが幻獣なんだから見つけた時は本当に驚き、即行で従魔契約を頼んだ。
その場で契約を結べたときは舞い上がってしまった。
話は逸れたが、勇者達には逢いたいが今は我慢する。
実は瑠華の中で一つの考えがある。
これより四ヶ月後に大きなイベントがあるのだ。そこには勇者をはじめジルトニア皇家一族、フィンランディ公爵家一族、《紫紺の太陽》など関わりがあった者達が一同に集まるであろう舞台が。
その舞台は特に【カイン】が直接関わっているわけではないけれど。
そして瑠華もその舞台に参加するつもりだ。その舞台で【カイン】だと伝える計画なのだ。
瑠華は“参加する側”、勇者達は“観戦する側”の違いはあるだろうけれど。
その舞台で伝えれば一人一人に言うより良いと思う。面倒くさくないし。
「ところで主よ、シンに聞かないのか?」
瑠華が胸中で“ぷっちょん”を見せた時のアカの泣き顔を思い出してニヤニヤしていたら、テトが唐突に問いかけた。
「シン?シンの事情のこと?聞くわけないでしょ」
「何故?気にならないの?」
リトも不思議そうに聞いてきた。マリアとムツキが瑠華の足の間から見上げ首を傾げている。
か、可愛い!
「そりゃここまで一緒に来たし?あんなに必死だったから気にはなるけど………………………でも皆忘れてない?」
今度はテトとリトも首を傾げている。
可愛過ぎる!もふってもいいかな?いいよね⁉
けれど抱き付く前にぷにぷに肉球に阻まれた。ちっ!
「僕は基本的に他人に興味がないんだよ?」
「「「「………………」」」」
そう、瑠華は他人に興味がない。瑠華が、というのは語弊があるが。
一度目の人生での世界はとても狭いモノだった。
自分と母親という女、そして汚い小さな部屋。世界はただ、それだけだった。
【唯一の人】と出逢っても世界の狭さは変わらなかった。寧ろ彼女が世界の全てになったから狭まったとも言える。
でもそれでよかった。彼女以外必要なかったから。
それは正しく、“依存”。
そして【唯一の人】を失って奪った世界に絶望して、“彼”の世界は壊れた。
あの白い空間で創造神セラフィミリムと話をした時、“彼”は自らの世界を自らの手で修復した。
【唯一の人】が与えてくれた想いをこの世界で返す為に。
継ぎ接ぎの“彼”の世界。
絶望に染まった“彼”の世界。
【カイン】として生を受け、前世の記憶がないこの世界の普通の子供として両親から、周りから愛情を惜しみ無く与えられて育った。
けれど三歳の時受けた“洗礼”で全てを、“彼”の世界を思い出し心が絶望に染まる。
前世を思い出したことは間違ったことではない。
思い出さなければ【唯一の人】のことも、何故神の願いを受け入れたのかも分からなかったから。
そこには意味がある。
でももしも思い出さなかったから、ただ普通のこの世界の住人として神に使命を与えられたなら、もっと普通に他人と付き合えただろうか?
そう、思ったことが何度かある。
思っただけで自分が選んだ選択を、後悔したことなど一度もないけれど。
絶望に染まった“彼”の世界は狭い。【カイン】が与えられた愛情は“彼”の世界を少しだけ広げ色をつけたけれど、根底は変わらない。
“彼”が【唯一の人】以外興味が無かったように。
【カイン】もまた他人に興味はない。
家族や支えるべき皇家のように繋がりがある人はその人を認識して、というのはおかしいがその人そのものを見る。
だが繋がりがない他人は、興味も関心も持つことはない。
心からどうでもいい存在。
だから繋がりがない他人に興味や関心を持つには、何か切っ掛けがないと“他人”のままで終わる。
尤も興味や関心を持ったとしても、ゼロどころかマイナスからの始まりになるけれど。
瑠華はそもそも孤児院の院長や神父様、幼馴染み以外に関心がなかった。
それはただ単に人との関わりが面倒だったからなのだが、それは瑠華を取り巻く世界が“幸せ”だったから他はどうでもよかっただけだ。
第三者が見たら殴られてもおかしくない無邪気な傲慢さ。
“彼”とは真逆の無関心。
一度目からの全てを思い出した今は、やはり根底は変わらない。絶望に染まったまま。
でもそれでいい。
このままでいい。
全ての事が、僕が“僕”である為に必要なものだから。
シンについては流石に関心は持っている。何故あんなに必死だったのか、何故炎晶石が必要だったのか気にはなる。
でも、ただそれだけだった。
一応ダンジョンを破壊して、シンを安全な場所まで送り届けようと思ってはいる。
けれどこの先何もなければ、その場でスッパリ別れる。
シンについてはそんな感じでしかない。
「う~ん、シンが話すなら聞くけど僕の方からは尋ねないかな。今のところ本当に興味がないんだ。テト達が知りたいなら聞いてみれば?」
「いや、我はいい」
「そうね、私もいいわ。只の興味本意だもの。シンもそんな気持ちで軽々しく聞いてほしくはないだろうし」
確かに。なんというか重そうな深刻な気配を感じるしね。
「炎晶石って主に武器の加工か火を使う魔道具に必要なのよね?そんな物をあんなに必死で探すなんてどんな事情かしらって思っただけだから」
シンのことは彼次第。こちらからは何もしない。薄情かもしれないけれどそれが僕達の総意。
でも助けを求めるなら、手を差しのべるよ。
「あっ、そういえばマナ……………………」
「ん?聖女がどうかしたのか?」
「…………………いや、ごめん。なんでもない」
僕は何を聞こうとしてるんだ?こんなこと聞いてもテト達を困らせるだけじゃないか。
――マナの隣には誰がいる、なんて…………
本当に女々しくて情けない。
瑠華は深いため息を吐き、マリアをゆっくりと撫で続けた。
そんな瑠華の様子を従魔達はやはり静かに見つめるだけだった。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」
「そう、だね。灼熱地獄から極寒になって地味に疲れたからね。そろそろ休むよ」
「あれは主の自業自得だ」
テトの言葉にケラケラと笑って答え、おやすみを言ってマリアとムツキを腕に抱きマジックテントに入る。
マリアとムツキをベッドの上に乗せてから、ローブを脱いで『清潔』をかけてベッドの足元に置く。
マリアとムツキが枕元で丸くなり、瑠華はベッドに腰掛け先程の自分の問いについて考えていた。
なぁ、マナ。君の隣には今誰がいるんだろうね?君の隣に居るだろう男の事を考えると腸が煮えかえるように熱くなるんだ。
なんて自分勝手なんだろうって呆れるよね。君の想いを知っていて、でも応えられないと自分の都合で拒絶したのに。
僕を忘れて君に幸せになってほしいなんて、綺麗事まで言ったのにね。
触れられる距離にいる君に触れられないこの苦しさは、君があの時味わったモノと同じだろうか?
これが自惚れではなく、君が同じ苦しみを味わっていたならばそれは僕の罪であり、これは罰なんだろうね。
あの日約束した通り、僕を忘れた君が今幸せになっているなら僕の存在はきっと君を苦しめてしまうかもしれない。
それでもどうか一目君に逢いに行くことを許してほしい。
君の隣に誰が居ても、ちゃんと心から祝福するから。
君の幸せを願うこの心は偽りではないから。
だからどうか以前と変わらない、僕の心を暖かくするあの笑顔を見せてほしい。
僕も君に心から笑顔を贈るから。
君に僕の想いは決して伝えはしないから。
読んでいただいてありがとうございました。
最後英雄様がちょっと情けない感じになってしまいました。でも英雄様は恋愛に関してはこんな感じです。ヘタレではないんですよ?多分。
主が一番な従魔達のことも嫌わないで下さい。




