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37・綺麗な瞳の少年

 クルシャードに教えてもらった家を目指し歩いていると、前方に五人程固まって真剣な顔で話をしていた。

 その内の一人、四十前後の男性が瑠華に気付き声をかけてきた。


 「なんだ、また怪我人が出たのか?」

 「確かに背中の彼は怪我人(しつこいが治ってはいる)ですが。僕達は先程村についたばかりです。すみませんが、彼を休ませる所を貸して頂けませんか?」


 どうやら騎士団の仲間だと思われたらしい。当たり障りのない答えを返しておく。


 「ああ、なんだ冒険者か。悪いが今はどこも空いてねぇよ。裏の納屋でいいなら、好きに使ってくれて構わないが」


 納屋か…………村がこんな状態では仕方ないな。


 「分かりました。そこを使わせて頂きます」

 「おいおい、言っといてなんだがボロいぞ?」

 「構いませんよ、雨風凌(しの)げれば」


 男に礼を言い、男が示した裏に向かう。

 そこには確かにボロい納屋があった。今にも崩れそうだが、まぁいいか。



 納屋に入ると外から見るよりは広かった。地面が()き出しで隅に藁が積んであった。

 少年を片手で支え、アイテムボックスから厚手の布団を取り出す。布団をテトに広げてもらい、そこに少年を寝かせる。



 ふぅ…………やっと一息つけた。

 それにしても、なんでもかんでもアイテムボックスに入れてた以前の僕と、そのままにしてくれた皆に感謝だな。



 アイテムボックスから更に布を出し地面に敷き、その上に座る。肩にいたマリアも服の中にいたムツキも、布の上に移動しお座りをする。テトも影から出てきた。


 「村は酷い有り様だったな」

 「うん、治療が最低限しかされていない人が多かった。物資も魔法使いも足りていないようだったね」

 「ああ、希少種を追い詰めたけど被害も大きかったと。瀕死のフレアレックスが逃げられたのは、騎士団が追えなかったせいもあるようだな」

 「ふむ、薬と魔石を渡してくるか。有り余る程持ってるんだし。対価はフレアレックスの素材でいいか」


 無償でも本当はいいのだけど、それだと余計な面倒事になる可能性がある。


 「フレアレックスを倒したのは主だろう?」

 「僕は倒したなんて言わないよ。あくまで“拾った”ことにするつもりだから」

 「…………ちょっと無理があるんじゃないか?」

 「大丈夫でしょ。治療が追いついていない今、薬と魔石との交換なら黙らせられる」

 「…………………………何故だろうか?やることは良いことなのに、悪人のような感じがするのは………………」


 テトが何やらブツブツ言っているが放っておこう。



 その時、少年が小さく呻いた。

 瑠華が視線を移し見ていると、瞼が震え目を開ける。状況が分からないのだろう、ボーと天井を見つめていた。


 「気がついた?」


 見れば分かるだろと言われそうな、こういう時の定番の質問をしてみる。自分で自分に突っ込みたい。


 「…………貴方は…………」

 「君を助けてここまで運んできた、通りすがりの只の冒険者。何があったか覚えてる?」


 少年は一度瑠華の方を見るが、また直ぐに天井を見る。


 「……………そうか、俺は魔物に…………」

 「そういうこと。傷は治したけど、体力と血は失ったままだから、これでも飲みなさい」


 瑠華は少年の頭の横に、体力回復薬と増血剤を置く。だが少年はそれらは見ずに起き上がろうとする。


 「急に動くと貧血おこすよ?」

 「すみません、俺行かなきゃいけないんです。助けて頂いてありがとうございました」

 「………………あぁ?」


 少年はふらつきながらも立とうとしている。だが体力も血も足らないから上手くいかず、四つん這いのような格好になった。


 少年は自分のことで精一杯だった。何か鬼気迫るように必死だった。



 だから気付かなかった。

 瑠華の声が地を這うような低さだったことに。

 瑠華の顔が無表情で、瞳が少年の全てを見透かすように見ていたことに。


 瑠華はそっと動き左足を少年の腹の横に、左手を少年の肩に触れさせると力をいれて仰向けに倒す。

 そのまま左手を少年の鎖骨の辺りに開いて置き、圧迫するように少しだけ力を入れる。


 「………………なに……………」

 「あのさぁ、何をそんなに必死なのか分からないんだけど、今君が外に出ても無駄死にするのがオチなのが分からない?成り行きとはいえ、助けた命を無駄にされるのは僕に対する侮辱だよね?それって結構ムカつくんだよ?しかも君の怪我を治す為に使った上級傷(しょう)回復薬と、君をここまで運んだ僕の労力に対する礼と対価を貰ってないんだけど?」


 少年は若干苦しそうに文句を言おうとしたみたいだが、それを遮り畳み掛ける。


 対価もなにも勝手にやったことだから、最初から要求するつもりなどなかったけど。

 ムカついたことは事実なので、わざと言ってみた。


 「…………俺には貴方に渡せるものなんてありません」

 「君自身がいるだろ?」

 「……………奴隷になれとでも言うんですか?」


 少年は警戒心全開で睨み付ける。その瞳には怒りと侮蔑が見てとれた。

 しつこいようだが、少年には何ももらうつもりはない。

 ただ何故少年がそんなに必死なのか、気になっただけだ。

 ムカつき一割、興味本意九割。


 「そんなことは言ってないよ。ただ事情を知りたいなって思っただけだよ。君に周りを彷徨(うろつ)かれると迷惑なんだ」

 「……………貴方に迷惑はかけません」

 「いや、既にかけられたし、今まさにかけられてる最中だよ。事情も話せないの?」

 「………………」


 だんまり………ふ~む、余程の事情みたいだな。でもこのままだとまた少年は外に飛び出しそうだし、そうすると騎士達が出張(でば)ってきて動きづらくなりそうだし。


 「……………薬代」


 ぼそっと言ったら、少年の瞳が揺れた。

 さっき少年も言っていたが、上級傷回復薬を払えるだけのお金を持ってるようには見えない。

 少年の着ている服はボロボロでみすぼらしい。


 「………………………………ヴァルザ火山に行かなきゃならないんです」

 「何のために?」

 「………………」

 「………………薬代」


 少年が睨み付けてきた。

 どうしよう。このやり取りちょっと楽しくなってきた。




 それにしてもこの子、随分綺麗な瞳をしているなぁ。

 エメラルドグリーンといえばいいか。角度によって色の濃さが変わるから見てて楽しい。

 様々な色があるこの世界でも、かなり珍しい色だ。


 自慢でもナルシストでもないが、僕のオレンジの瞳もよく珍しいと言われてきた。この瞳の色でからかわれたり、悪意による言葉の暴力を向けられたりした。

 大体においてどうでもよかったので、完全にスルーしていた。その場に幼馴染みがいたら、僕の代わりに怒っていたけど。



 「………………どうしても炎晶石が必要なんです」



 とそんなことを考えていたら、少年が小さな声で呟いた。



 炎晶石。


 成る程ね。うん!厄介事の予感しかしない!






 

読んでいただいてありがとうございました。

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