36・ヤカサルの村 その一
少年を背負ったまま走り続けていると、遠くに村を囲む木でできた塀が見えてきた。こちらは右横になるはずだから、左に迂回すれば入り口に行ける。
少し速度を落とし駆け足になる。ここまで来れば大丈夫だろうと、テトに声をかけ影に入ってもらう。一応周りに魔物の気配がないか確認してもらってからだ。
マリアは少年の頭が乗っていない方の肩へ、ムツキは服の中に滑り込んできた。
素肌と服の間に、だ。
やめて‼くすっぐったいなんてもんじゃないから‼
服に前足と頭を乗せてるので落ちる心配はないけれど、口元がくすっぐったさにふるふる震える。
笑い出さないように必死だ。
村の入り口には騎士が寝泊まりするためのものだろう、テントがたっていた跡が沢山あった。大きくない村だから、騎士が全員は村の中で寝泊まりできる場所を確保出来なかったんだろうな。
入り口に近づいていくと、騎士が気付き腰に差してした剣を抜き瑠華に切っ先を向ける。
襲われたばかりで警戒しているのは分かるけれど、いきなり剣を向けられてちょっとイラっとしてしまった。
いけないいけない。
「な、何者だ‼」
「只の冒険者です。怪我人が(治ってるけど)いるので村の中に入れていただけませんか?」
「ぼ、冒険者か………………ふぅ、そうか。大変だったな。今村は大変な状態でどこも騒がしいと思うが、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
騎士が肩に乗ってるマリアをチラリと見るが、従魔の首飾りをしているので何も言わなかった。騎士に礼を言い村の中に入る。
確かに村は騒がしかった。村人や騎士が動き回っている。
入り口付近には、地面に布が敷かれその上に傷ついた騎士が横たわっていた。その殆どがろくな治療もされていない様子で、苦しそうに呻いていた。
その光景が村の奥まで続いている。
この状態では宿屋にも怪我人が溢れてそうだな。無駄になるかもしれないが、一応行ってみよう。
「……………おい………」
騎士団が常駐するくらいだから、物資はちゃんとあるはず。
「……おい」
それが行き届いてない?予想以上に怪我人が多かったってことかな?
「おい」
でも騎士団なら、回復魔法を扱える魔法使いだっているはずなのに……………………
「おい‼」
「ァ゛ア゛⁉」
「ひぃ‼」
先程から後ろで何やら声が聞こえていたが、僕ではないと思ったのでシカトしていた。
それが気に入らなかったのか、後ろの声が一際大きく響き恐らく騎士だと思われる人物の鎧の手甲つきの手が右腕に触れ、振り向かせようと手に力が入ったのでその時点でキレた。
後ろを振り返り、僕キレちゃってます!と伝わるようにピンポイントでその人物だけに殺気と威圧を込めた目を向ける。
「うるっせぇんだよ、さっきから。おいじゃ誰呼んでんだか分からねぇだろうが。名前で呼べよ。名前が分かんねぇ、そもそも初対面の相手だったらそれ相応の礼儀ってもんがあんだろうが。この能無し。
それになに自分の方に振り向かせようとしてんだよ。腕とられてバランス崩して少年落としたらどう責任とってくれんだよ、つーか僕に触れるんじゃねぇよ、この下劣。
てめえも国に支える騎士なら、それぐらいのこと言われなくても最初からやれよ、この頭空っぽの唐変木が」
声を荒げずあくまで淡々と。
声に感情はのせず、目にのみ殺気と威圧を込めて相手を見つめる。
相手の騎士は端から見て可哀想になるくらい青ざめ全身を震わせていた。瞳は恐怖で染まっていて、マトモに息継ぎできていなかった。
あらら、本性出ちゃった。
いつも被っている特大の化け猫が剥がれ落ち、足下で寛いでる幻覚が見える。
最近我慢ばっかりしてたからなぁ。もうちょっと穏やかに言うつもりだったのに、頭で考えていたのと全然違うことが口から出た。
とりあえず面倒事になる前に(もう遅い気もするけれど)、殺気と威圧を消す。
騎士は息を吹き返したように荒い息をして後ずさる。もうこの場を去りたくて仕方なかったが、騎士が落ち着くのを待ってあげた。
「き、きさまは」
「僕は只の冒険者です」
「……な、何故この村に?」
「……………………てめえは馬鹿か?」
あら?
「そこで何をしている?」
落ち着かせたはずの口調が出てしまったことに、首を傾げて特大の化け猫を被り直す。
よいしょっと。
「た、隊長…………」
「ん?」
横から現れた人物にこの時になって気付いたが、シカトした。
それよりいい加減に少年をどこかに寝かせたい。疲れた。精神的に。
なんで男(子供だけど)をいつまでも背負ってなくちゃいけないんだ?
これがもふっとした癒される存在なら喜んで背負ってるけど。
「ここで何をしているのか聞いている」
「そ、それはこいつが………」
「その人が騎士にあるまじき行為をしたので、文句を言っただけです」
何故か現れた人物にも怯えた騎士が、何か言いそうだったので言葉を遮り話す。
怯えた騎士が驚愕の表情で瑠華を見た。
嘘ではない、事実だ。ちょっと言葉がアレだっただけで。
ここで漸く現れた人物に視線を向ける。
あれ?この男―――
「……………クルシャード・ノルディ?」
「おや?私を知ってるのですか?」
ああ、やっぱり。
クルシャード・ノルディ。
彼には一度だけ逢ったことがある。二年前の邪神との決戦の時に。
シェシカルの街の図書館で調べたことだけど、邪神との決戦は今では“オールドディレイの邪神戦争”と呼ばれているらしい。
これはオールドディレイの地で行われたからそう呼ばれている。過去三度の邪神戦争の名も、それぞれ決戦が行われた地とともに伝えられている。
決戦の時、勇者一行を邪神との対決に向かわせる為世界中から騎士が、冒険者が集まった。
勿論ここトシュッゲル王国からも騎士達が参加した。トシュッゲル王国の騎士達は三部隊にわかれており彼、クルシャード・ノルディは第二騎士団の騎士団長を務めていた男だ。
勇者とともに一度だけ顔合わせをした。
出会ったのはその時だけで、挨拶程度だけだったけど覚えていた。そうか、生き残っていたのか。
「二年前の邪神戦争に参加していましたよね?」
「ああ、もしや君も?」
「ええ」
邪神戦争には多くの冒険者も参加していた。言っても大丈夫だろう。
「そうか。お互い生きていることに感謝しないとな。勇者様と英雄様に」
いや、そこは勇者だけでいいと思うよ?
当たり前だけど僕の真実は世には広まってない。勇者一行の中で唯一死んだ者として、何故か凄い美化されて書かれていた。
なんというかいたたまれなくなって本を閉じた。
殆どの者が勇者と英雄を一対に思ってるようで、勇者とともに英雄にも同じ敬意を払ってるらしい。
まぁ、それは邪神を倒す前からだったけれど。
「ところで背中の彼は大丈夫かい?」
「ああ、そうだった。何処か休ませる所はありませんか?」
「私には分からないな。あの家に村長がいるはずだから訪ねるといい」
クルシャードは村の一番奥にある周りと比べて少し大きい家を示す。
「分かりました。訪ねてみます。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ我が騎士団の者が失礼をした」
そう言って頭を下げたクルシャードに、もう一度礼を言い教わった家を目指して歩き出す。
やっと休めそう……………
読んでいただいてありがとうございました。




