第三章 21 蛇腹剣
「うらあぁッ!!」
意識してややロシア語っぽく発声した気勢を上げ、乃子は薙刀を豪快に振り下ろす。さすがに細剣では衝突時の耐久に難があるのか、マリンは乃子の振り下ろしを剣でさばくのではなくステップでかわした。
「次! 次ぃ! ほらほらぁ!」
薙刀という長物のリーチを活かした立ち回りと振り回しで、乃子は一方的にマリンを攻めていく。しかしそれは本気の攻めではなく、まだまだ余裕をかました遊びのような攻撃だった。
「――くっ! だったらこちらも!」
マリンはそう言うと、勇気の後退とでもいうかのように、もう一度バックステップをして十分距離を取った。どうやら何か奥の手か、必殺技、隠し玉があるらしい。
本来待ってあげる必要など微塵もないのだが、強者の余裕であえて乃子は待ってあげる。まるでヒーローの変身を、何もせずに見届けてやる悪役のような感じで。
「こちらも、ってことはもしかして!?」
「そのまさか、かもしれませんわ!」
マリンは細身の剣の先端を、左手のほとんどただの棒のような杖の上部に近づける。すると、剣の先端が杖の上部の中にするりと収まり、そして組み込まれた機構によってその剣先が杖の中でしっかりとロックされた。
もちろんそれだけでは終わらない。杖と一体化してリーチの伸びた剣、その杖と剣の刃の部分が静かに変形をする。その二部から小さな刃がにょきりと両側に姿を現し、マリンの武器はまるで細長いノコギリのような姿に変貌を遂げたのである。
「か、カッコいい! ……じゃなかった。へぇ、いい変形武器じゃないの!」
「それは嬉しい限りですわ」
「これでリーチは互角、といったところかしらね?」
「互角ではありませんわ。私の方が上、です!」
そう叫び、マリンはその場で変形した剣を上段から縦に振るった。
通常ならば、絶対に届かないほどの距離。
だが――。
「ぴぃっ!?」
――気を抜いていた一瞬のうちに、そのギザギザ剣が眼前に迫っていた。
乃子は脊髄反射で薙刀を振り上げ、何とかその一撃を防御する。弾かれたギザ剣は、まるで引き伸ばされたゴムが元に戻るかのように、マリンのもとへ素早く戻っていった。
ガシッ! と連結する音が響き、マリンの剣が伸びる前と同じ状態に戻る。
「ちょっ!? カッコいい! ……じゃないわ。伸びるとか強すぎるでしょ!?」
「変形させるのでしたら、これくらい形を変えるべきですわ」
「こらこらぁ! あたしの武器子ちゃんを悪く言うのは許さないわよ?」
「でしたら、その武器で私に勝ってみせてください!」
そう言い、再びマリンがギザギザ剣――もとい蛇腹剣を横薙ぎに振るう。振るわれる途中の最高速となる位置で剣が分離し、分離した各刀身が内蔵された機構によって遠くまで伸びるように加速する。そして加速して伸びた剣が、まるで鞭のようにしなりながら乃子のもとへと襲い掛かってきた。
「しゃがみ回避!」
乃子は脇腹へ接近してきた蛇腹剣を、身を屈めて回避した。頭上数センチの所を蛇腹剣が高速で通り抜けていく。やはり思った通り、一度方向を決めて振るわれた蛇腹剣は、それからほとんど修正が効かないようだ。振るってしまったら、あとは流れに任せるしかない。
ガシンッ! と蛇腹剣が連接して元に戻る。マリンは再度蛇腹剣を、今度は左斜め上から振り下ろしてきた。伸びた剣先が、乃子の肩口の切り裂きに向かってくる。
乃子はそれを屈みながら左にステップすることで上手くかわす。右半身のそばを沿うように蛇腹剣が駆け抜けていき、振り下ろされた剣は最後に地面をガリガリと削った。
このままでは防戦一方である。近づくしかない。
「ゆくぞ!」
乃子は地を蹴ると、マリンに向かって全速力で駆け出した。
マリンは当然、乃子を近づけさせないように蛇腹剣を振るう。しゃがんでも避けられず、飛び越えるには隙が生まれてしまうという、絶妙な高さの横薙ぎ。乃子の体格と距離、接近による位置変動を考慮した完璧な一撃であった。
(くっそ、上手い!)
上? 下? いや右か? それとも左? 考える暇などない。乃子は意を決して大地を蹴り上げ、ジャンプをして上方向に回避するという選択をした。
「――はあッ!」
地から足が離れたその隙を、マリンが見逃すはずもない。連接した蛇腹剣を最速で乃子に到達させるために、彼女は直線距離となる突きを繰り出す。内部機構によって加速した高速の刺突が、乃子のもとへ迫っていく。
しかし乃子は、今ちょうど着地体勢に移行したところである。ステップどころか、体を逸らすことすらできない。このマリンの攻撃は、どうやっても避けることは不可能だ。
「くうっ!」
乃子は薙刀を正面に構える。接近してきた蛇腹剣の剣先が、薙刀の棒と衝突した。
薙刀の棒と衝突したことにより、蛇腹剣の軌道がわずかに曲がる。だが、完全に体の外へ逸らすことはできず――。




