第三章 12 異世界編スタート
瑠兎がそう言って、魔術書のあるページを開く。それから左手でそのページを開いたままに固定すると、右手の人差し指でそのページを紙面上に触れた。そして何か記号を描くかのように、右手の人差し指をその紙面上で動かしていった。
少しして、瑠兎の右手の人差し指が紙面から離れる。すると、乃子と紘の足元と頭上に、薄青く輝く魔法陣が出現した。
「……転移術式の作成完了ぉ。ではではぁ、行ってらっしゃいぃ。目的が達成できたらぁ、また術式が発動してここに帰ってこれるからねぇ」
「行ってきます、岡野さん」
「……しっかりその魔術書にぃ、魔力をチャージしてもらってくるんだよぉ」
今、紘の手には、紘が男に戻るために必要な魔術書がある。瑠兎の持っている文庫本魔術書とは異なり、こちらはいかにも魔術書らしい、古臭いタイプのものだった。大きさは手帳くらいだが、紙はものすごく黄ばんでいて、中に記された文字や記号もインクがかなり掠れてしまっている状態であった。
「……じゃあ行ってらぁ」
瑠兎が最後にそう言うと、二人の足元と頭上に現れた一対の魔法陣が、二人を挟み込むような動きをする。魔法陣の移動とともに異世界への転移が始まり、二枚の魔法陣が交わると同時に、乃子と紘は完全に異世界へと送られた。
やがて魔法陣も消滅し、部室には見送った瑠兎だけが残っていた。
ニーハオ皆様。
物語も後半なのに、異世界編スタートよ! こんなのが体験できるのは、この物語だけ!
『本当に脚本家さんが言った、ノリと勢いだけの物語になってますよね、これ』
最近はライトノベルでも、ストーリーなんてあまりなくて、キャラが絡み合うだけの作品っていうのがあるでしょ? 日常系というやつかしら。これも、それの一種ってことにすれば、全て全部オールオッケーよ。
『これを日常系と呼べるんですかねぇ? 領域に小指くらいしか入っていませんよ』
だったら新ジャンル、【筋書きのなさすぎるラブコメ】とか【くっそ面白くない系】とか新たに作ってしまえばいいんじゃないかしら。ここから新たなライトノベルの系譜を作るのよ。あたしたちが。あたしたちが最初に!
『ぜひパイオニアになりたいものですね。まあパイオニアになれるかどうかは、読者の受け次第ですけど』
くっそ面白くない系を、ぜひぜひよろしくお願いいたします!
――しばらくして、乃子と紘の異世界への転移が完了する。
一瞬世界に降り立ったような感覚がすると、今まで白くぼやけていた視界がようやく鮮明になった。足元と頭上の魔法陣が消えると、まるで本当にこの世界の人物になってしまったかのような錯覚にとらわれる。
「んんんんんん―――――っ!!」
広院乃子はパワーを溜めている。
「異世界に、き・た・わ・よおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――ッ!!」
「よっしゃああああぁぁぁぁ!!」
乃子のテンションに引っ張られ、紘も控えめではあるが歓喜で叫ぶ。
「――って! つい僕も叫んでしまった! 場所もまったく考えずに!」
だが、紘はそう言ってすぐに我に返った。それから気づいたように辺りを見回す。
おそらく、大声で叫びを上げて、大変なことが起きないかが気になったのだろう。もし大勢の人がいる街中で叫んでいたりしたら、通報間違いなしだったという可能性もあったからだ。もしくはいきなりパトロールの人が駆けつけてきて、尋問されていたかもしれない。
しかし幸いにも、あたしたちがいる場所はどこかの屋上のような所だった。声は通りを行く人に届いていたかもしれないが、特に今すぐ厄介ごとにはならないようであった。
「はぁ……。よし」
紘もそのことに気づいたのか、安心して一つ息をついた。だが。
「……あー」
またすぐに何か問題点を発見したのか、紘は思案顔で唸った。
「何?」
「いや、制服っていろいろとまずいんじゃないかって」
隣に立つ紘が、自身の服装を見下ろしてそんなことを言う。
「まずいって、何が?」
「もしこの世界の服装が中世的なものだったら、すごく浮いて見えないかってこと。それが理由で警察的な組織に捕まらないかなって」
「そんなの気にするだけ無駄よ。あたしたちにはどうすることもできないじゃない」
「そりゃあそうなんだけどさ」
「もしかしたら同じような世界観かもしれないし、もしかしたら気にも留めないかもしれない。まだこの世界のことを何も知らないのに、考え過ぎは体に毒よ?」
「……そうだな。とりあえず、歩くか。情報も集めないといけないし」
「せっかくだから観光もしないとね」
異世界転移をした者は、その世界を観光をするのが義務である。あたしの持論だけど。
「さて、ここから降りなければいけないわけだが……」
紘がそう言いながら、辺りを見回しつつ適当に歩く。
どこかの建物の屋上らしきこの場所。屋上なのだから、階下へ下りるための階段か何かがあるはずである。とりあえず乃子も、それらしきものを見つけるために紘のあとを追った。




