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(4-1)岡山県倉敷市

 岡山県倉敷(くらしき)市。

 市内を流れる旭川からほど近い住宅街の一角に遠藤家はあった。築年数はそれなりに経っているが、手入れの行き届いた二階建ての一軒家である。

 ここは遠藤忠史(ただし)の実家だった。


 現在、この家で暮らしているのは母の浩子(ひろこ)と妹の美樹(みき)の二人。父の忠明(ただあき)は忠史が中学生の頃に交通事故で亡くなり、それ以来、母子三人で支え合いながら暮らしてきた。

 決して裕福ではない。だが生活に困るほどでもない。父が遺してくれた保険や貯蓄もあり、浩子が縫製工場で働きながら家計を守っていた。慎ましく、けれど穏やか。遠藤家はそんな日々を積み重ねてきた。


 話は少し遡って八月下旬。

 夏休みもそろそろ終わりに近づいたこの時期、空には入道雲が浮かびアスファルトは昼間の熱をたっぷりと抱え込んでおり、午後三時を過ぎても暑さは衰える気配を見せなかった。

 そんな中、美樹が自転車を押しながら帰宅した。近所の桃農園でアルバイトをしているのだ。

 汗で額に張り付いた前髪をかき上げながら門をくぐり玄関へ向かう。鍵穴に鍵を差すと既に開いていることに気付いた。


「あ、カギ開いてる」


 ドアを開け、靴を脱ぎながら声を張る。


「ただいまー。お母さん帰ってるの?」


 すると奥のリビングから聞き慣れた声が返ってきた。


「おかえり、美樹。ついさっき帰ってきたとこ。今日も暑かったわねぇ」


 浩子はエプロンをつけながら台所から顔を覗かせた。買い物袋を片付けている最中らしい。


「暑かったー」


 美樹は肩を回しながら言った。


「でもね、今日は桃の箱詰め作業が多かったからほとんど室内だったんだ。へへへ」


 どこか得意げな笑顔だった。


「それはよかったわね。こんな日にずっと外で作業なんて倒れちゃうもの」


「でしょ? 朝は桃運びもやったけどさ、昼からはクーラーの効いた作業場だったから天国だった」


「農家さんも大変よねぇ」


「ほんとほんと」


 そんな他愛もない会話が続く。


 昔から遠藤家はよく話す家族だった。父がいた頃もそうだったし、父を失ってからはなおさらだった。

 寂しさがなかったわけではない。忠史が東京へ行ってからは家の中もずいぶん静かになった。それでも母と娘は自然と支え合い、笑い合いながら暮らしていた。


 気を遣う必要のない距離感。

 言葉にしなくても伝わる安心感。


 浩子と美樹は仲の良い親子だった。

 美樹は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップへ勢いよく注いで一気に飲み干した。


「あー、生き返る」


「そんな大げさな」


 浩子が笑う。

 美樹もつられて笑った。


 夏の午後。扇風機の風がゆっくりと部屋を巡り、窓の外では蝉の鳴き声が響いている。

 どこにでもある平和な一日だった。

 だからこそ、次の瞬間に鳴り響いた電話のベルは妙に大きく聞こえた。


 リン――。


 リビングの空気がわずかに揺れる。

 浩子と美樹は同時に顔を上げた。


「電話?」


「珍しいわねぇ」


 最近は携帯電話ばかりで家の固定電話が鳴ることはほとんどない。親戚ですら携帯へ直接かけてくる時代だ。その着信音には妙な存在感があった。


 リリリン――。


 再びベルが鳴る。


「私出るよ」


 美樹が受話器へ向かう。

 何気ない足取りだった。

 この電話が遠藤家の日常を少しずつ変えていくことになるとは、まだ誰も知らなかった。


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