(3-27)ワクワク
その様子を見て本橋がやさしく微笑んだ。
「よかった。ちょっと表情が戻ったね」
忠史は自分でもわかるくらい肩の力が抜けていた。姫路へ向かう新幹線の中では頭の中が完全にパニックだった。
渉が死ぬかもしれない。
自分の人生がガラリと変わるかもしれない。
そんな極端な想像ばかりが暴走していた。でも今はようやく地面に足が着いた感覚がある。
本橋は少し姿勢を崩し、続けた。
「最期にもうひとつ」
その言葉に、忠史の表情が少し引き締まる。
「もし本当に能力を持ってしまったら――って話だけど」
やはりそこは避けて通れない。忠史は無意識に背筋を伸ばしていた。
本橋は穏やかな声のまま言う。
「遠藤くん、そこをすごく重く考えてしまってるみたいだけど、もっと前向きに考えていいんじゃないかな」
「前向き……ですか?」
忠史は思わず聞き返した。
能力。
真人様。
捲る。
そんなもの“普通”から外れていく恐怖でしかなかった。しかし本橋はまるで別の景色を見ているように話す。
「うん。だって、どこにだって一瞬で行けるんだよ?」
その言葉に忠史は黙った。
「しかも、渉くんと同じ能力なら触れている物まで一緒に移動できる」
本橋は笑いながら続ける。
「そんな便利な能力、普通に考えたらすごいでしょ」
忠史は改めてその事実を思い返す。
軽井沢。
新宿御苑。
奥袴狭。
渉は、まるで距離という概念そのものを飛び越えて移動していた。
本橋は指を折るように話す。
「さっき“一生奥袴狭なのか”って不安になってたけど……逆じゃないかな」
「え?」
「どこにでも行けるんだよ」
その言葉は忠史の頭を静かに打った。
「必要な時だけ村に行けばいいじゃない。普段は東京にいたっていいし別の街でも海外でもいいかもしれない」
本橋は少し笑う。
「昼間は大学で講義受けて、ちょっと村から呼ばれたら行って、用事済ませてまた大学戻る。別にそういう生活でもいいわけでしょ?」
「あ……」
忠史はようやくそこで気づいた。
確かにそうだった。
自分は勝手に“能力を持つ=村に縛られる”と思い込んでしまっていた。
でも、本当は逆かもしれない。
“どこにも縛られなくなる”
本橋はさらに続ける。
「もちろんね、能力を持てば考え方は変わるかもしれない。いわゆる“普通”ではいられなくなる部分もあるだろう」
そこは曖昧に誤魔化さなかった。だからこそ本橋の言葉は信用できた。
「でも、それは“人生が終わる”って意味じゃない。今までの生活が全部できなくなるとか、人生を縛られるとか、そういう話ではないと思うよ」
忠史は黙って聞いていた。
窓の外から遠く蝉の声が聞こえる。
昼下がりの空気が静かに流れていた。
本橋は最後に、少し悪戯っぽく笑った。
「もっとワクワクしなきゃ」
その言葉に、忠史もようやく小さく笑った。
「そうか……そうですね」
単純だが、そう言われると本当にワクワクした気分になってきた。そして、心の底からほっとできていた。昨夜からずっと張り詰めていたものがようやく安らいだ気持ちになれた。




