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(3-26)東京だから?

 本橋はすぐに結論を言わず、ゆっくりと確認するように話し始めた。


「具体的なやり方を教えられたってことだけど……それは“東京だから”じゃないかな?」


「え?」


 忠史は思わず聞き返す。


「東京だから??? どういうことですか?」


 本橋は静かに説明する。


「遠藤くん。夏休みの間、昼間はうちでバイトしてくれてたよね」


「はい」


「でも朝晩は村に戻っていた」


「はい」


「村でも練習してた?」


「してました。毎日」


「うん。でも、その時は渉くんは具体的なアドバイスはしてないんだよね?」


 忠史は一瞬考えてから「あ……はい」と答えた。


 確かにそうだった。

 ただ“やってみる”

 ただ“集中する”

 それだけだった。


 本橋はそこで軽く指を立てた。


「つまりね……村で練習する場合には、そこまで細かい説明はいらなかったってことじゃないかな」


「あ!」


 忠史の中で何かが繋がった。

 本橋は続ける。


「たぶん、あの村には何か力があるんだよ。独特の力というか土地のエネルギーというか、言い方はいろいろあるだろうけどね。とにかく、あそこでは“捲る”ための条件が自然に整っているんじゃないかな」


 忠史は、淡い光で浮かび上がる夜の集落を思い出していた。

 あの幻想的な世界。エネルギーが湧き上がってきているような雰囲気。


 本橋は続ける。


「だから、村ならひたすら練習しているだけでよかった。でも東京は違う」


 窓の外の街をちらりと見る。

 遠くから車の音が聞こえる。


「東京には人も多いし建物も多い。地面よりアスファルトやコンクリートの方が多いくらいだ。そういう場所で練習するなら“こういう意識でやった方がいいよ”って補助が必要になる。たぶん渉くんのアドバイスって、そういう意味なんじゃないかな」


 忠史はとても納得した。あまりにも当然のように“継承”だとか“移譲”だとか勝手に大きな意味で考えてしまっていた。

 本橋は優しく言う。


「だからね、遠藤くん」


「君が思い詰めるほど“能力の移譲”みたいな重大な意味がそこにあるのかどうかはまだわからない。少なくとも、現時点では考えが極端になってる気がするよ」


 忠史は、思わず深く息を吐いた。

 ずっと胸の奥を締めつけていた何かがほどけていく。


 確かにその通りだと思えた。


 渉はただ“東京で練習するならこうした方がいいですよ”と教えてくれただけだったのかもしれない。それを自分が勝手に“真人(まひと)様から直々に教わった”という重たい意味へ結びつけてしまっていた。


 気づけば肩の力が抜けていた。

 忠史は、ようやくまともに麦茶へ手を伸ばした。そして麦茶のグラスを両手で持ったまま小さくつぶやいた。


「……そうか……」


 氷の音が小さく鳴った。


「そうですね……そうかもしれません……」


 言葉にしているうちに不思議なくらい気持ちが軽くなっていった。胸の奥に固まっていた重たい塊がゆっくり溶けていくようだった。昨夜からずっと自分の中だけで考え続けていた。だから思考がどんどん先鋭化して、悪い方向へ、悪い方向へと転がってしまっていたのかもしれない。

 忠史は深く息を吸い込み「はぁーっ……」と、長く吐き出した。

 それは、まるで胸に溜まっていた不安そのものを外へ逃がすような呼吸だった。


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