(3-25)環の話し
忠史の言葉が途切れた。二階座敷には静かな空気が流れていた。
本橋はすぐには口を開かずしばらく黙っていた。急いで答えを出そうとはしない。ただ、目の前の青年がどれほど真剣に悩み恐れてここまで来たのかを静かに受け止めていた。それは、混乱した忠史の気持ちがもう少し落ち着くのを待っているようだった。
やがて、本橋はゆっくりと口を開いた。
「うんうん、なるほど。よくわかった」
その声は穏やかだった。
「よく話してくれたね」
忠史は小さくうなずいた。ただ、胸の中のものはかなり吐き出したはずなのに、まだ何かが渦巻いているような妙な感覚が残っていた。安心したような、まだ不安なような、そんな曖昧な状態だった。
本橋は麦茶をひと口飲み、落ち着いた口調で言う。
「大丈夫。まずは、ひとつひとつ整理していこう」
その言葉だけで忠史は少し救われた気がした。ここで「それは困った」とか「難しい問題だ」などと言われてしまったら、もう為す術が無かった。
本橋は最初に大村環の話から触れた。
「それしても……そうか、大村さんは渉くんの元へ行ったのか」
そして、少し目を細める。
「それはまた、すごい展開だなぁ……」
驚いているようでもあり、どこか納得しているようでもある声だった。
「彼女が来ることについて、渉くんは何か言っていたかい?」
「あ、いえ……特には。大丈夫です、みたいな感じで……」
忠史は思い返しながら答える。
本当に渉は自然だった。まるで最初から決まっていたことを受け入れるみたいに。
本橋は小さくうなずいた。
「なるほど……」
そしてさらに訊く。
「お母さんには会った?」
「はい。お会いしました。一緒に食事もして……」
忠史は昨晩の奥村家を思い出す。
台所から聞こえるヒサ子の声。
畳の匂い。
静かな夕食。
環が自然に食卓へ溶け込んでいた光景。
「お母さん、何だか嬉しそうでした」
その言葉を聞いた本橋がふっと笑う。
「そうか。嬉しそうだったか……」
どこか感慨深げだった。
「なるほどねぇ……うんうん……」
何か思うところがありそうだったがそれ以上は言わなかった。ただ、少しだけ優しい目をしていた。
そして本橋は、改めて忠史へ視線を戻す。
「で、次は“捲る練習”の件だね」
その言葉に、忠史の表情が自然と引き締まった。




