(3-24)忠史の混乱
本橋は麦茶をひと口飲み忠史をまっすぐ見た。
「さて」
穏やかな声だった。
「何があったか話してくれるかい?」
本橋は落ち着いた声で言った。
「まとまってなくていい。時系列じゃなくてもいい。混乱してるそのままを話してくれれば大丈夫」
忠史の顔をまっすぐ見ながら続ける。
その言葉で、忠史の肩から少し力が抜けた。
“ちゃんと説明しなきゃ”
そう思えば思うほど、頭の中が余計にぐちゃぐちゃになっていたからだ。
忠史は麦茶をひと口飲み深く息を吐く。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
まず、大村環のこと。
彼女が渉のそばで働きたいと思っていること。その相談を受け、自分が奥袴狭へ連れて行ったこと。村のみんなが自然に受け入れてくれたこと。
そして環を村へ残し、自分だけが東京へ戻ってきたこと。
本橋は口を挟まず静かに聞いている。
時折「うん」「なるほど」と小さく相槌を打つだけだった。
忠史は続けた。
東京へ戻った時、渉から捲る練習について具体的な話をされたこと。
毎日やるように言われたこと。ただ、その具体的な感覚や方法そのものについては言っていいのかどうかわからず口にはしなかった。うまく説明できないというのもあるが、それ以上に、あれは渉から直接教わった“特別なもの”のような気がしていた。
「実は……」
忠史は視線を落とす。
「夏休み終わって東京戻ってから、ほとんど練習してなかったんです」
本橋は責める様子もなく、
「うん」
とだけ答えた。
「東京じゃ意味ないって思ってて……」
「なるほどね」
そこまで話したところで忠史は一度言葉を切った。胸の中に溜まっていたものを少しずつ吐き出している感覚だった。
本橋は急かさない。沈黙を“話すための時間”として待ってくれていた。
忠史はゆっくり息を吸った。
「で……ここからが本題なんですけど……」
その声は少し震えていた。
本橋の表情が静かに引き締まる。
忠史は覚悟を決めるように続けた。
以前、奥園仁から聞いた話。
当時の真人様――昭一から、仁と渉が直々に捲る方法を教わったこと。
その後、渉に能力が発現したこと。
そして昭一が亡くなり渉が“真人様”になったこと。
そこまでを一気に話した。
本橋は黙って聞いている。
忠史は次第に言葉が速くなっていった。
「それって……つまり……」
頭の中に渦巻いている恐怖を、必死に言葉へ変えていく。
「真人様から直々に教わるって、能力の“移譲”みたいな意味があるんじゃないかって思って……」
「もし、自分が練習して本当に能力が発現したら……」
そこで忠史は思わず本橋を見た。
「渉さん、死んじゃうんじゃないかって……」
部屋が静かになる。
外から、遠く車の走る音だけが微かに聞こえた。
忠史は止まらなかった。
「だったら僕、そんな能力いりません」
その言葉はほとんど反射的だった。
「渉さんに何かあるくらいならそんなの絶対嫌です」
迷いなく口から出た言葉。
言いながら、自分でも少し驚いていた。
本橋は変わらず黙っている。
忠史はさらに続けた。
「それに……もし本当に能力が発現したとして……」
今度は恐怖というより“人生そのもの”への不安だった。
「じゃあ僕、この先どうなるんですか?」
「奥袴狭で一生暮らすんですか?」
「大学とか、仕事とか、普通の人生とか……そういうの全部なくなるんですか?」
次から次へと言葉が溢れる。
もう止められなかった。
「何か、急に全部変わっちゃう気がして……」
「僕、自分が今どこに向かってるのかもわからなくて……」
忠史は両手で顔を覆った。
「もう……こんなこと考え始めたら頭の中ぐちゃぐちゃになって……」
声が少しかすれる。
「何をどうしたらいいのかわからなくなって……」
そこまで言って、ようやく忠史は黙った。




