(3-22)垂れてきたロープ
夜が明けても忠史はほとんど眠れていなかった。薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでいるが、その光は爽やかさとは程遠かった。
頭の中がずっと重い。昨夜から同じことばかり考えていた。
忠史はひとまず起き上がり、ベッドに座ったままぼんやり床を見つめる。
「……」
どうすればいいのかわからない。
正直、今の自分は真っ暗な場所に放り込まれているような感覚だった。
何が起きているのか。
何が始まっているのか。
自分はどう動けばいいのか。
「……仁さんに電話するか……?」
呟いてはみるものの、すぐに首を振る。
月曜の朝からこんな内容の電話なんて迷惑でしかない。
いや、そんなこと言ってる場合じゃない気もする。
けれど、何て説明すればいい?
自分でも整理できていないのに。
思考が堂々巡りを続ける。スマホを手に取っては置き、また取っては置く。完全に落ち着きを失っていた。
そんな時だった。
突然、スマホが震える。
「うわっ」
びくっと肩を揺らし画面を見る。
そこに表示されていた名前に忠史は思わず目を見開いた。
――本橋。
「!」
まるで、沈みかけたところへロープが垂れてきたような気分だった。
忠史はほとんど反射的に通話ボタンを押す。
「あ、もしもし! 遠藤です!」
声が少し裏返る。そして、堰を切ったように一気に言った。
「本橋先生、僕どうしましょう!? どうしたらいいかわからないんです!」
「……え?」
電話の向こうでは本橋が完全に面食らっていた。
「遠藤くんおはよう。いや、こんな朝早くにごめん、って言うところだったんだけど……どうした? 何があった?」
「いや、その……何っていうか……えっと……」
忠史は言葉に詰まる。頭の中では大量のことが渦巻いているのに、いざ説明しようとすると何一つまとまらない。
すると本橋が落ち着いた声で言った。
「ひとまず落ち着いて私の話を聞いてくれ」
その声には不思議と人を落ち着かせる力があった。
忠史も思わず黙る。
「依頼の書類やメモ書きがまた溜まってきてね。もし都合が良ければまたバイトに来てくれないかと思って電話したんだ」
「あ……」
「でも、どうやらそれどころじゃなさそうだね?」
本橋は少し間を置き、
「電話で話しにくいなら……どこかで会おうか」
と続けた。
その言葉を聞いた瞬間、忠史はほとんど縋るように答えていた。
「あ、はい! 会いたいです。会って話したいです」
「よし、わかった」
本橋はすぐに答える。
「じゃあ渉くんに伝えて東京へ……」
「あ、いえ!」
忠史は思わず遮った。
「僕が行きます。自力で。今から」
「え?」
本橋が少し驚いた声を出す。
「自力で? 今から?」
――何かあったな。
本橋は何かを察した。
だが、それ以上は聞かなかった。
「……わかった。いいよ、おいで」
静かにそう言う。
「神河まで来るのは大変だから姫路で会おう。新幹線で姫路まで来て」
本橋は頭の中で時刻を計算しているようだった。
「今からなら昼頃には会えると思う」
「ありがとうございます!」
忠史は立ち上がりながら答える。
「すぐ行きます!」
通話を終えた瞬間、忠史は一気に動き出した。
財布。
スマホ。
充電器。
最低限の着替え。
もちろん大学へ行く準備ではない。もう月曜の授業どころではない。そんなことを考えられる精神状態ではなかった。
そして、忠史はマンションを飛び出した。




