(3-21)渦中
部屋へ戻った忠史は、靴を脱ぐのもそこそこにそのままベッドへ倒れ込んだ。
ワンルームの見慣れた白い天井。つい数分前まで居た奥袴狭とはまるで別世界だがここは自分の城。ここはここで落ち着く。
「はぁ……」
深く息を吐いてこの週末を振り返る。
昨日は仁に環のことを相談した。そして今日は朝から環と会い、そのまま新宿御苑から奥袴狭へ。
環は村に残り、自分だけが東京へ戻ってきた。
たった二日。
なのに、何週間も経ったような感覚がある。
仁の家へ行ったのがもうずいぶん昔のことのように思えた。
忠史は片腕で目を覆う。
濃すぎる。本当にめまぐるしい週末だった。
しばらくぼんやり横になっていたが、やがて忠史の頭の中に先ほど別れ際の渉の言葉が浮かんできた。
――毎日、捲る練習をしっかりやってくださいね。
夏休みが終わって東京へ戻ってから、忠史は練習をしていなかった。
もちろん、やる気が無かったわけではない。むしろ逆だ。
もっと上達したい。
もっと理解したい。
そう思っていた。
ただ、仁からは“東京では発現しない”と言われた。だから東京でやっても意味が無いと思っていただけだった。
練習するなら奥袴狭。
東京ではイメージトレーニング程度。
忠史の中ではそんな認識になっていた。
なのに渉は“東京で大丈夫”と言った。しかもかなり具体的に。
姿勢。
視線。
指先。
大地のエネルギー。
まるで本格的な指導みたいに。
「……」
忠史はゆっくり腕をどける。
胸の奥に、何か嫌な引っかかりが生まれていた。
ふと、以前仁から聞いた話を思い出す。
――まひと様直々に教えてもらった。
そして、その後二人で練習していて渉に能力が発現するも、渉のお父さんが亡くなる。
「……あ」
忠史の思考が止まる。
次の瞬間。
「え?」
ガバッと勢いよくベッドから起き上がった。
「え? え? えええ?」
心臓が一気に速くなる。
頭の中で、今までの話が急速に繋がり始めていた。
まさか。
いやいやいや。
でも。
“直々に教える”
“能力が発現”
“その後”
「もしかして……」
忠史は呆然と呟く。
「今のが“まひと様直々に教えてもらった”ってことなのか……?」
渉がさっき自分へ具体的に教えていたこと。あれは単なるアドバイスではなく、もっと特別な意味を持つ行為だったのではないか。
そう考えた瞬間、背筋がぞわっとした。
「そしたら……渉さんはどうなるんだ?」
思わず声に出る。
いや、違う。
その前に。
「え、待って……そんな大事な渦中に、今、自分が居るのか……?」
忠史は完全に混乱していた。
これまで自分は“不思議な世界を少し覗いている学生”くらいの感覚だった。でも、もし今の推測が正しいなら自分はもっと大きな流れの中へ、いつの間にか踏み込んでいることになる。
しかも渉本人がそれを静かに進めている。
「いやいやいやいや……」
忠史は両手で頭を抱えた。
さっきまで“公園探さなきゃな”くらいに考えていたのに、もう捲る練習どころではなかった。
部屋の中は静かだった。
冷蔵庫の低い駆動音だけが聞こえる。だが忠史の頭の中は激しい轟音で思考が渦を巻いていた。




