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(3-19)環を残して

 二人ともしばらく夜の奥袴狭を眺めていた。


 静かな光。

 風に揺れる木々。

 遠くで鳴く虫の声。


 まるで世界そのものがゆっくり呼吸しているような夜だった。東京では、夜は“暗さ”ではなく“人工の明るさ”に包まれている。だがここには違う種類の光があった。環は、その空気の中に身を置いているだけで心の奥が静かになっていくのを感じていた。

 そんな中、忠史がぽつりと口を開く。


「僕は、そろそろ帰らないと」


 その言葉で環ははっと現実へ引き戻された。


 そうだ。


 忠史には東京での生活がある。

 大学もある。

 自分とは違う。


 するとヒサ子が穏やかに言った。


「遠藤さんはお帰りね。環さんも?」


「あ……」


 環はすぐには答えられなかった。

 帰るべきなのか。それとも、もう少しここに居てもいいのか。胸の中では答えはもう決まっている気がするけれど、それを口にすることに少しだけ躊躇いがあった。

 その様子を見たヒサ子がやさしく続ける。


「環さん、お急ぎでなければもう少しお話ししましょうよ」


 その言葉は環にとって本当に嬉しいものだった。まるで“ここに居てもいい”と言ってもらえたような気がしたのだ。


「あ、はい……ありがとうございます」


 環の表情がふっと柔らかくなる。


「私もそうしたいです」


 素直にそう言った。

 部屋の奥では、渉が静かにそのやり取りを聞いていた。

 そして落ち着いた声で言う。


「では、遠藤さんだけですね。もう行きますか?」


「あ、はい」


 忠史は少し慌てて返事をする。


「お手数をおかけします。よろしくお願いします」


 渉は静かに頷き玄関で靴を履いた。

 外へ出る。

 夜の光が、二人を淡く照らしていた。


 忠史は改めて村を見回す。何度見てもこの景色は現実離れしている。それでも今では、どこか“帰ってきた場所”みたいに感じ始めていた。


「また近いうちに来ます」


 忠史はそう言って目を閉じた。

 ヒサ子と環が玄関先で静かにこちらを見ている。


 渉が右手を上げた。


 ――捲る。


 次の瞬間、忠史が目を開けるとそこは東京のマンションの玄関前だった。


 無機質な建物。

 白いLED灯。

 遠くで鳴る車の音。


 さっきまで居た世界とはあまりにも違う。

 奥袴狭の光が“生きている光”だとすれば、こちらは電気信号の光だった。刺すような明るさに感じる。

 忠史は一瞬、軽い眩暈のような感覚を覚えた。


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