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(3-16)村ツアー

 会話がひと段落したところで忠史が樹に声をかけた。


「樹、環さんここ初めてだから村を案内してよ」


「うん、いいよ!」


 樹は待ってましたと言わんばかりに元気よく返事をした。

 そしてすぐに「こっちこっち!」と、環の手をぐいっと引っ張る。


「あっ、ちょ、ちょっと待って」


 環は思わず笑ってしまった。小さな手は温かく遠慮がない。ついさっきまで“渉のお嫁さん”などと言っていた相手とは思えないほど自然に懐いている。

 環は園じいや園ばあ、富美代たちへ軽く会釈をしてそのまま樹に引っ張られていく。


 すると後ろから園ばあの声。


「何かあったらいつでも寄ってくださいね」


「今度うちでゆっくりお茶しましょう」


 富美代の声も続いた。


「あ、ありがとうございます」


 環は振り返って頭を下げた。そのやり取りだけで胸の奥がじんわり温かくなる。東京で暮らしていて、知らない人がこんな風に声をかけてくれた経験なんて無かった。


 樹に手を引かれながら環と忠史は小さな集落の中を歩いていく。

 家は数軒しかない。けれど、それぞれに人の暮らしの気配があった。洗濯物が風に揺れ、畑には夏野菜が実り、どこからか味噌汁のような匂いも漂ってくる。


「ここね、前に大きなカエル出てきたんだよ!」


 樹が得意げに指差す。


「えぇ!? 大きなカエル?」


「こんくらい!」


 両手をいっぱいに広げる。


「それ絶対盛ってるだろ」


 忠史が笑いながら突っ込む。


「ほんとだもん!」


 そんなやり取りを見て、環は自然と笑みを浮かべていた。

 さらに樹は「あとね、カマキリもいるしバッタもいっぱいいるよ!」と、次々に説明を続ける。どうやらこの村全体が樹にとっては巨大な遊び場らしい。


「ここは園じいと園ばあの畑だよ」


 少し開けた場所を指差す。畑には季節の野菜が並び、丁寧に手入れされているのがわかる。


「すごい……」


 環は思わず呟いた。東京ではまず見ない風景だった。いや、正確にはテレビや観光地で見たことはある。けれど、人が日常として暮らしている風景として見るのは初めてに近かった。

 そして樹はさらに先を指差す。


「山も行こうよ! ブランコあるよ!」


「え? 山?」


 環は思わず自分の足元を見る。今日はいつも履いている普段のローヒールだ。それに、とても山歩きできるような格好ではない。


「うーん……今日は山はやめておこうかな」


 そう言って苦笑する。


「次はスニーカー履いてくるから今度連れて行って」


「うん! わかった!」


 樹は満足そうに頷いた。その返事があまりにも素直で環はまた少し笑ってしまう。

 気がつけば、緊張はかなり解けていた。


 この場所は不思議な村だ。

 道がなく、瞬間移動のような力が存在し、渉という人間がいる。

 なのに、流れている時間はどこまでも穏やかだった。


 三人で集落をひと回りした頃、忠史が空を見上げながら言った。


「じゃ、そろそろ渉さんのところに行きましょうか」


「あ、はい」


 環も頷く。

 樹は少し名残惜しそうだったが「また遊ぼうね!」と元気に手を振った。


「うん、樹くんありがとう」


 環も手を振り返す。そして樹と別れ、今度は忠史と二人で奥村家へ向かった。

 集落の奥にあるその家を前に、環は少しだけ緊張した面持ちでその家を見つめた。


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