(3-15)村人たち
樹の大声を聞きつけて、最初に家から顔を出したのは中村家ではなく奥園家だった。
引き戸が開き、園じいがゆっくりと外へ出てくる。
「お、遠藤くん、おかえり」
忠史の姿を見つけるなり園じいは嬉しそうに目を細めた。
「あ、ただいまです。ご無沙汰してます」
忠史も慌てて頭を下げる。だがその内心は、まだ先ほどの余韻で落ち着いてはいなかった。
その横では、環もなんとか平静を装おうとしている。
「こちら、大村環さんです。渉さんのそばで仕事がしたいということで来てもらったんですが……」
忠史が紹介する。
「あ、大村環と言います。よろしくお願いします」
環は丁寧に頭を下げた。けれど、頬の熱はまだ引いていない。冷静になろうとしても“渉くんのお嫁さん”という言葉が頭の中をぐるぐる回ってしまう。しかも、その直後に村の人たちへ紹介されているのだから余計に意識してしまう。
そんな環の様子を見ていた園ばあがやさしく声をかけた。
「こんにちは、環さん。何も気にしなくて大丈夫ですよ」
穏やかな口調だった。その一言だけで不思議と肩の力が少し抜ける。
園ばあは続けた。
「環さんはどちらの方?」
「あ、はい。私は東京です。品川で一人暮らしをしています」
「あぁ、都会からようこそ」
園ばあはにこりと笑った。
「東京もいいところですけど、ここもいいところなのでゆっくりしていってくださいね」
その言い方には、よそ者を警戒する感じがまるで無かった。むしろ自然に受け入れている。環はもっと閉鎖的な空気を想像していたので少し驚いていた。
そこへ、中村家の方から富美代が姿を見せた。
「こんにちは。東京の方?」
会話へ加わる。
「あ、はい。大村環といいます」
環は改めて頭を下げた。
「こちら中村さんのご家庭は、以前少しお話しした東京からここへ移住されたご家族です」
忠史が説明する。
「移住されたご家族……」
環は思わず繰り返した。自分以外にも“こちら側”へ来た人がいる。その事実だけで急に心強さのようなものを感じる。
富美代は穏やかに笑いながら、自分たちが移住してきた経緯を簡単に話し始めた。
東京での暮らし。
忙しさ。
樹のこと。
そして、縁あって奥袴狭へ来たこと。
「最初は私もびっくりしましたよ。だって道が無いって言われるんですから」
そう言って富美代は笑う。
環もつられて笑ってしまった。
「でもね、来てみたら本当に良かったんです」
富美代のその言葉には飾り気がなかった。園じいも園ばあもうんうんと静かに頷いている。
村の空気は穏やかだった。
誰も急かさない。
誰も詮索しすぎない。
けれど、ちゃんと受け入れてくれている。
いつの間にか、ちょっとした井戸端会議のような雰囲気になっていた。
樹はその横で「だから渉くんのお嫁さんなんだよ!」と、まだ楽しそうに言っている。
「……樹くん……」
環は思わず苦笑した。だが、先ほどのような強烈な動揺はもう無かった。こうして村の人たちと話しているうちに不思議と気持ちが落ち着いてきたのだ。
風が吹き抜ける。
木々が揺れ、どこかで鳥が鳴く。
奥袴狭の空気は、初めて来たはずなのにどこかとても懐かしい感じに満ちていた。




