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(8)奥袴狭2

 樹はじっと忠史を見ている。

 年齢は七、八歳くらいだろうか。

 表情は読めない。

 外は静かだ。


 樹がぽつりと口を開いた。


「帰り道わかるの?」


 その問いは無邪気な感じに聞こえた。


「帰り道? いやわからない。というか、道無いよね?」


 そう答えながら、あらためて家の周囲を確かめたくなった。


「ちょっと……外見たいんだけどいいかな?」


「うん」


 樹は当たり前のように頷いた。

 二人で家を出る。


 空は高く陽はまだ十分に明るい。集落の周囲は家々を囲むようにぽっかりと開けた平地になっていた。踏み固められた土の地面。ところどころに草が生えている。

 隣家までは十数歩ほど。声を張らなくても届きそうな距離だ。

 畑もある。小ぶりだがきちんと手入れされた野菜が並んでいる。白菜、ねぎ、何かの根菜。生活の匂いがする。


 けれど、その外側はすぐ山。

 木々が壁のように取り囲みどこを見ても森だ。どう考えてもここから外へ続く“普通の道”はない。と思ったそのとき、一本だけ細い小道が目に入った。踏み分けられた土の筋。山へと続いている。


「あ、道がある」


「うん。あっちも家あるよ」


「え? まだ家があるの???」


「うん。あっちに二個ある」


 二軒という意味なのだろうけど、ここからどれくらい離れてるんだろう。距離感がつかめない。よくわからないがそっちに行くのは今はやめておこう。勝手にうろつくのはさすがに失礼だ。


 それに――


 忠史にはもう一つ気になっていることがあった。


 電線。


 空を見上げる。山に囲まれた空間。電柱もなければ、空を横切る線も見えない。でも、部屋には電灯があった。

 じゃあ、夜は電気がつくのか?


「あ、そういえばスマホ!」


「樹くん、部屋に戻る」


 二人で家に戻る。土間を上がりさっき通された部屋へ。

 壁を見渡す。


 あった。コンセント。ごく普通の見慣れた二口のコンセント。

 忠史は一瞬ためらう。何かとんでもないことが起きるのではないかと。それでも恐る恐るケーブルを差し込む。


 スマホの画面が点灯。

 充電マークが表示される。

 赤いランプが点いた。


 充電中。


「……充電できる!」


 思わず声が漏れる。


 どういうことだ?

 電線はない。

 発電機の音も聞こえない。

 太陽光パネルらしきものも見当たらなかった。


 じゃあ、この電気はどこから来ている?

 でも確かにここには電気がある。忠史はしばらくスマホを見つめたまま立ち尽くす。


 不思議だ。

 意味がわからない。


 けれど――


 胸の奥がぞくぞくするほど高鳴っている。


(なんか今、オレすごい体験の真っ只中じゃないか?)


 昨日までの自分なら、地図アプリで「圏外だ」とか「遭難か?」とかもっと現実的な焦りに支配されていたはずだ。でも今は違う。

 怖さよりも圧倒的に――


 面白い。


 口元が勝手にゆるむ。

 樹がじっとこちらを見ている。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない」


 忠史は笑いをこらえながら首を振る。


 山奥。

 道のない集落。

 電線のない家。

 なのに充電できるスマホ。


 常識が少しずつ音もなく崩れていく。それなのになぜか怖くない。むしろ、帰り道のない場所にいることが少しだけ心地よく感じていた。


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