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(3-11)渉との再会

「渉さん!」


 忠史が立ち上がり手を軽く挙げて声をかけた。

 近づいてくるその姿は、やはりどこか現実から少しだけずれているように見える。周囲の景色と調和しているのに不思議と目が引き寄せられる存在感があった。


「来てくださってありがとうございます」


「おはようございます」


 渉はいつもと変わらない静かな声で応えた。


「おはようございます」


 忠史も続けて挨拶を返す。

 そのやり取りを、環は半ば呆然と見ていた。


 本当に来た。

 しかも、こんなに自然に。

 ほんの数分前まで連絡すらしていないはずだったのに。


「大村環さんです。渉さんも一ヶ月ぶりくらいですよね?」


 忠史がそう言ってそっと環の方へ視線を送る。


「あ……おはようございます」


 環は慌てて姿勢を正し頭を下げた。まだ混乱は残っている。それでも、目の前にいる人物が誰なのかははっきりと理解していた。

 そしてすぐに言葉を続ける。


「先日は本当に本当にありがとうございました。会長も軽井沢に移れて満足だったと思いますし……それに、兄のことも……。おかげさまで、足もすっかりよくなりました」


 言いながら自然と頭が深く下がる。あの時の出来事がどれほど大きな意味を持っていたか。言葉だけでは足りないほどだった。


「それはよかったです」


 渉は穏やかに微笑んだ。その表情は何か特別なことをした人間のものではなく、ただ当然のことをしただけだと言っているようでもあった。

 少しの間、柔らかな空気が流れる。だが忠史は今日ここに来た本来の目的を思い出しゆっくりと切り出した。


「それで……渉さんはもうだいたいご存知かもと思いますが、環さんが渉さんの元で仕事をされたいということで……直接ご本人とお話ししていただければと思いまして」


 そう言って環に視線を向ける。


「あ、はい……そうなんです」


 環は一度、深く息を吸った。そして自分の言葉で語り始める。

 須永会長が亡くなってからのこと。

 会社を辞めた理由。

 これからの自分の生き方を考えたこと。


 そして――渉と出会い、その力を目の当たりにしたことで自分の中に生まれた思い。


「……気がついたら、奥村さんと一緒にいたい、そばで働きたい、そんな気持ちがどんどん強くなっていました」


 言葉は途切れずまっすぐに続いていく。

 迷いながらではなく、確かめながら。


「兄にも相談しました。私は既に両親がいませんので、身内はあの助けていただいた兄だけです。兄は私の考えに賛成してくれています」


 少しだけ声に力がこもる。


「何でもやります。どんなことでも覚えます。ですから――」


 一瞬、言葉を選ぶように間を置き、


「ぜひ、奥村さんのそばに置いてください」


 そう言って深く頭を下げた。


 その姿には取り繕ったものは何もなかった。

 ただただ一生懸命で、誠実で、まっすぐな願いだった。

 渉は何も言わずにそれを聞いていた。

 視線を外すこともなく、途中で口を挟むこともなく、ただ静かに。


 やがて、環が顔を上げた。

 その目をまっすぐ受け止めたまま、渉は小さく頷いた。


「わかりました」


 短い言葉だった。けれどそれだけで十分だった。

 そして、少しだけ表情をやわらげる。


「よろしくお願いします」


 そう言ってにっこりと微笑んだ。

 その一言で、環の願いは受け入れられた。


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