(3-7)仁に相談2
「奥袴狭に来てもらう……」
忠史は言葉を変えて反芻しながらも、胸の奥に残る不安をそのまま口にした。
「大丈夫でしょうか……?」
環が村へ来ること。都会で働いてきた彼女があの閉ざされた山あいの土地で暮らしていけるのか。渉のそばにいたいという思いだけで飛び込ませてしまっていいのか。
心配そうな忠史の顔を見て、仁ははっきりと言った。
「村での生活ってこと? そんなの全然心配ないよ」
その口調には迷いがなかった。
「そもそも村の母親たちはみんな村の外から来た人たちだし、中村家もあるし」
「あ……」
忠史は思わず声を漏らした。言われてみればその通りだった。奥袴狭は閉ざされた村のように見えて、外から来た人を拒んできたわけではない。むしろ、よそから来た人たちが根を下ろし、家族をつくり、今の暮らしを支えている。
「そうか、そうですね。何も心配することはありませんでした」
口にした途端、胸につかえていたもやもやがふっと晴れていくのを感じた。
膝の上では、なぜか詩まで嬉しそうに身体を揺らしている。
「ふふん」
何が嬉しいのか本人にもわかっていないような笑顔だったが、その無邪気さに忠史もつられて笑ってしまう。
「ヒサ子さん……渉のお母さんも喜ぶだろうし、村に若い女性がくるのはみんな喜ぶと思う」
仁は楽しそうに言った。その様子を見ていると、環が村へ来ることは問題どころか歓迎すべき出来事なのだと思えてくる。
そして仁は、話を先へ進めるように身を乗り出した。
「で、この後はどういう段取りを考えてるの?」
「あ、いえ……実はそこもどうしようかと……」
忠史は頭をかいた。
「環さんには奥袴狭のこととか何も話してないので……」
そもそも奥袴狭の存在を誰かに話していいのかどうか、それすら忠史にはわからない。もし話していいとしても、何からどう説明すればいいのか見当もつかなかった。
山奥の村。
道が無い。
移動手段は渉の能力。
夜には村全体が光る。
あまりにも普通ではない話ばかりだ。
「環さんに話す前に、そうは言っても先に渉さんにお伝えして確認しないと、ですよね?」
そう訊くと、仁は驚くほどあっさり答えた。
「あ、それは大丈夫」
「え?」
「たぶん今のこの会話、聞いてるはずだから。ダメとか無理とかだったらすぐ来るよ。来ないってことは大丈夫ってこと」
「え!? この会話を聞いてるんですか!?」
忠史は思わず声を上げた。
仁は平然と頷く。
「うん。今日、忠史くんが来るから意識を向けておいて、って――伝えておいた」
そう言って、自分の胸のあたりをぽんぽんと軽く叩いた。
言葉ではなく――心で。
村で育った者にはそれが自然なやり取りだ、と言わんばかりだった。
「そうか……渉さん、聞いてくれてたんですね……」
忠史はまだ、その不思議な意思疎通に慣れきれてはいなかった。思っただけで伝わるという感覚は何度経験しても現実味が薄い。だが同時に、渉にどう話を切り出そうかと悩んでいた問題がひとつ消えた気もした。
知らぬ間に、もう話は届いていたのだから。




