(3-6)仁に相談1
その週末の土曜日、忠史は奥園仁の家を訪れていた。
目的はひとつ――環のことを仁に相談するためだった。
玄関の引き戸を開けた瞬間から、奥園家らしいあたたかな空気が忠史を包んだ。気を遣わせるようなよそよそしさは一切なく、まるで家族の一人が帰ってきたかのように誰もが自然に迎えてくれる。
「忠史くん、いらっしゃい」
富美代が台所から顔を出し笑顔を向ける。その声を聞きつけてぱたぱたと足音が近づいてきた。
次の瞬間、一番下の詩が勢いよく忠史の足に抱きついてきた。
「ただしー!」
「お、おおっ」
詩はそのまま忠史に抱っこされてまるで離れる気配がない。
「詩、だめよ。忠史くん困るでしょう」
富美代がたしなめるが、詩はぷいと顔を背けるだけだった。
「いいんだもん!」
当の忠史は困るどころかむしろ嬉しかった。自分がこの家で歓迎されている証のようで胸の奥がくすぐったくなる。
結局、詩を膝に乗せたまま忠史はリビングで仁と向き合うことになった。
仁は麦茶の入ったグラスを忠史の前に置き、いつもの穏やかな表情で言った。
「それで相談って?」
忠史はひとつ頷き、この夏のことを順を追って話し始めた。
以前仁に言われたこともあり、この夏を奥袴狭で過ごしたこと。
日中は神河町の本橋のところでバイトをさせてもらったこと。
“最期師”の手伝いという、普通ではまず経験できない仕事に関わったこと。
そこで、想像以上に濃く、重く、それでいて忘れられない夏を過ごしたこと。
そして、大村環という女性のこと。
彼女は、そのバイト初日に関わった事案の当事者であり、大きな会社の会長秘書を務めていたしっかりした人であること。
その環が、今後は渉のそばで働きたいと願っていること。
忠史はそこまで話すと少し声を落とした。
「そのまま渉さんに伝えても良かったんですけど……たぶん渉さんにこのことを相談すると、渉さん断らないと思うんです」
仁は黙って聞いている。
「渉さんって、そもそも何でも受け入れるというか……何でも受け止めてしまうんじゃないかと思って」
言いながら、忠史自身もその言葉の重さを感じていた。誰かの願いも、痛みも、行き場のない思いも。渉は静かに抱え込んでしまう人間なのだ。
「うん、そうだね……渉は断らないだろうね」
仁も静かに頷いた。その返答には迷いがなかった。兄のような存在として誰よりも渉を知る者の確信だった。
「だから、まずは仁さんに聞いてもらおうと思ったんですけど……仁さんは正直この話をどう思いますか?」
忠史は率直に訊いた。自分だけでは決められない。渉のことを思えばこそ仁の考えを聞きたかった。
仁は少し考えるように視線を落とし、それから顔を上げた。
「うん、そうだな……その環って人は、いくつの人?」
「あ!」
忠史は間の抜けた声を出した。
「そういえば、年齢は聞いてないです」
仁が思わず笑う。
「でも……見た感じは二十代後半か、三十いってるかいってないかくらいだと思います」
「ご家族は大丈夫なの?」
「はい。というか、環さんは小さい頃に事故でご両親を亡くされていて……いわゆる交通遺児なんです。身内はお兄さんだけで……お兄さんは大賛成だそうです」
環は、この件はそもそも最初に兄へ相談したという。そして兄は即座に「是非そうしろ」と背中を押してくれたらしい。
仁はしばらく黙っていた。それは何かを待っているようにも思えた。詩が忠史の腕にもたれかかり、膝の上で退屈そうに指をいじっている。窓の外では午後の日差しが少しずつ傾き始めていた。
やがて仁はふっと口元を緩めた。
「それなら奥村に来てもらうか」
意外にもあっさりした言い方だった。
だが、その声には不思議なくらい明るい響きがあった。
忠史には、そう言った仁がなんだかやけに嬉しそうに見えた。




