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(3-5)黒い写真の理由

「そうでしたか……渉さんのそばで働きたい、と……」


 忠史は環の言葉を確かめるように、そしてどこか自分自身に言い聞かせるように繰り返した。


「はい……それでどうしたらいいのか、そもそもそういうことは可能なのか……既にそばにいらっしゃる遠藤さんにお聞きすれば何かわかるかもと思いまして……」


 そう言って環はまっすぐ忠史を見つめた。その視線には打算も媚びもなかった。ただ純粋に道を探している人間の真剣さだけがあった。

 忠史は一度だけ呼吸を整え、ゆっくりと答えた。


「可能かどうかで言えば……可能だと思います」


 その瞬間、環の表情がぱっと明るくなった。曇天(どんてん)の切れ間から光が差し込むような変化だった。


「本当ですか……!」


「ただ……」


 忠史は慎重に言葉を選ぶ。


「僕も渉さんの全てを知っているわけではありませんし、どこまでをどうお伝えしていいのかもすぐには判断できないので……ちょっとお時間いただけますか?」


 本橋の姿勢、渉の静かな横顔、そして奥袴狭の空気――それらを思い浮かべながらの返答だった。あの世界には軽々しく踏み込ませてはいけない領域がある気がしていた。


「あ、はい、もちろんです。()かすつもりはまったくありません」


 環はすぐに頷いた。物腰は変わらず丁寧で、その一言に焦りは感じられなかった。それでも、その胸の内にある強い願いは十分に伝わってくる。

 二人の間にしばし静かな時間が流れた。

 窓の外では夕方の新宿が少しずつ色を変え始め、店内にはコーヒーの香りと控えめな音楽だけが漂っている。

 やがて、環がふと思い出したように口を開いた。


「それにしても……奥村さんの能力ってすごいですよね。あの黒い写真のときも一体何が見えたのか……」


「あ、それ……」


 忠史は思わず反応した。


「え?」


 環が首をかしげる。


「あの……芽来(めぐる)さんは写真のこと何か言ってましたか?」


 逆に忠史が問い返した。

 環は少し考えるように視線を落とし、ゆっくり話し始めた。


「兄はまったく覚えていないそうなんです。岩場を歩いていると足が地面を踏み抜いて……」


 芽来が話してくれたあの日の状況を思い返すように、声が少し低くなる。


「そのまま下半身が挟まった状態になったけど、上半身はかろうじて地上だったそうです。でも辺りもどんどん日が暮れてきて、何とかしないとともがいていて……どうにかしてポケットからスマホを取り出して連絡しなければと思っていたようなんですが……」


 そこで一度言葉を切る。


「結局は周囲が崩れて、そのまま割れ目に落ちたんだろうって」


「そうだったんですか……」


 忠史は静かに頷いた。

 あの写真のことで、後で渉が話していた言葉が脳裏によみがえる。忠史はそれをそのまま環に伝えることにした。


「たぶん、その時に何とかして日が暮れた後の暗がりを写真に撮られたんだと思います。そしてそれが環さんに届いた」


 環は息をのむように耳を傾けている。


「もし、あれがポケットの中でたまたまシャッターが切れただけの真っ暗な写真だったら場所はわからなかったと、渉さんは言ってました」


 そして、忠史はあの日と同じ口調を思い出しながら続けた。


「――あの暗がりは景色です、って」


「そうなんですか!?」


 環の目が大きく見開かれた。


「よかった……そこが運命の分かれ道だったんですね」


 深く納得したように環は胸の前でそっと手を重ねた。


 あの一枚の写真。偶然とも必然ともつかないわずかな光と闇。

 その一瞬が、兄の命をつなぎ止めていたのだと二人はあらためて感じていた。


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