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(3-2)環からの電話

「はい、遠藤です!」


 少しだけ声が上ずった。自分でもわかるほど不自然に張り切った返事だった。


『軽井沢でお世話になった大村です。遠藤さん、覚えてくださってますか?」


「あ、はい! もちろんです!」


『あらためていろいろとありがとうございました。会長のことも、兄のことも……』


 スマホ越しの(たまき)の声は以前会った時よりもずっと落ち着いて聞こえた。張りつめたものがほどけ、ようやく息をつけるようになった、そんな響きだった。


「あ、いえいえ、僕なんか何にも……本橋先生や(わたる)さんの力です」


『いえ。あの状況の中で……遠藤さんが普通の方だったからこそ安心感がありました』


「え?」


 思わず聞き返しそうになる。


『もしも遠藤さんにもすごい能力があったりしたら……逆に怪しい人たちだと思っていたかもしれません』


 くすり、と小さな笑い声が混じった。


「いやぁ……」


 忠史は曖昧に笑うしかなかった。褒められているのか戦力外と言われているのか、その境目がよくわからない。だが不思議と嫌な気はしなかった。


『今日お電話したのは、ちょっと相談に乗っていただけないか……というか、お話を聞いていただけないかと思いまして』


「え? 僕にですか? 本橋先生ではなく?」


『はい。少しのお時間でいいのですが……どこかでお会いできませんか?』


 忠史は姿勢を正した。教室のざわめきが急に遠のいた気がした。


「え、あ、はい。大丈夫ですけど……では、夕方に新宿でどうですか?」


『わかりました。駅に着いたらまたご連絡します』


 通話はそこで切れた。

 スマートフォンの画面が暗くなる。忠史はしばらくその黒い画面を見つめたまま動かなかった。


 須永栄一の葬儀には、忠史はもちろん本橋も渉も参列していない。

 そして、あの後大村家がどうなったのかも知らない。


 お兄さんとはゆっくり話せたのだろうか?

 そもそもなぜお兄さんはあんな状況になったのだろうか?

 会長を失った会社で大村さんはこれからどういう立場になるのだろうか?

 ただの一社員へ戻るのか?


 気になることがなかったわけではない。だが、それらはあくまで“ついでに知れたら”程度のものだった。友人というわけでもない。どうしても知りたい、というほど踏み込んだ関係でもない。

 それなのに、環のほうから自分に話したいことがあるという。


 電話を切ったあとも、忠史の胸には小さなざわめきが残り続けていた。

 新学期の退屈な午後が急に別の色を帯び始めていた。


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