(3-1)夏休みが終わって
夏休みが終わった。
けれど忠史の中では、季節だけが先へ進み心は置き去りにされたままのような感覚だった。
大学の教室。窓際の席に座った忠史は、講義が始まる前のざわめきから少し離れるようにぼんやりとキャンパスを眺めていた。行き交う学生たちの姿、芝生を横切る風、どこか気だるげな初秋の陽射し――そのどれもが自分とは無関係な景色のように思えた。
この夏は忠史にとってあまりにも濃かった。奥袴狭での非日常が溢れる日々の中で昼間だけはアルバイト。本橋と行動を共にし、その仕事ぶりを誰より近くで見てきた。丁寧で無駄がなく、だからこその温かいやり方。依頼人の言葉にしっかりと耳を傾けつつも感情に流されることなく、それでいて人として何事にも真摯に向き合う姿勢。忠史はその背中から多くを学んだ。
「最期の願い」を託してくる人は思っていた以上に多かった。
それぞれの依頼内容を整理し、日付や状況、必要な準備まで細かくまとめてパソコンで管理した。本橋はこれまで手書きのメモで記録していたが、忠史はそれらを一つずつデータ化していった。そういう地道な作業は嫌いではなかったし、むしろ自分にも役に立てることがあるのだと感じられてなんだか嬉しかった。
そして何より、本橋や渉とともに幾人もの「最期の願い」に立ち会った。時にはそのまま臨終の場に居合わせることもあった。
中でも軽井沢での一件は今も鮮明に焼きついている。忠史にとっては最初の事案だったこともあり、あの日の空気、沈黙、最後の表情――ふとした瞬間に思い出してしまうほど強烈な記憶になっていた。
そんな日々を過ごしたあとでは、教科書を開き何事もなかったように新学期へ戻ることなどできそうになかった。
「いつでも声をかけてください!」
別れ際、そう言って東京へ戻ってきた。充実した夏だったと胸を張って言える。だけど、戻ってからもう一週間。本橋からも渉からも何の連絡もなかった。
(こっちから連絡するのもなぁ……)
もともとあの仕事は本橋と渉、二人で回してきたものだ。忠史がいれば手伝えることは多い。けれど、いなければいないで十分に成り立つ。
自分から「もっと使ってください」と言うのはどこか図々しい気がした。
そんなことを考えていたその時だった。机の上に置いたスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前を見て忠史は思わず姿勢を正す。
――大村環。
何かあったのならまず本橋に連絡するはずだ。それなのになぜ自分なのか。
そんな疑問を抱きながら忠史は通話ボタンを押した。




