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(2-34)純真な人

 しばしの静寂。

 風の音だけがやわらかく流れる。


「……そうか。やはり神の使いだったか……」


 栄一がぽつりと呟く。

 どこか遠くを見るような声。そして、ゆっくりと視線を動かし忠史を見る。


「君は……大学生だったね?」


「あ、はい」


 思わず背筋が伸びる。


「あの人の……弟子みたいなものか?」


「え……いや……」


 言葉に詰まる。どう答えていいか分からない。

 少し考えてから口を開く。


「渉さん……奥村さんは地元では“真人(まひと)様”って呼ばれてるんです」


「ほう」


 栄一が興味深そうに目を細める。


「真実の人って書いて……」


 言いながら少し照れる。


「すごすぎる人ですけど……でも、弟子になれたらいいなとは思ってます」


 その言葉を聞いて栄一はゆっくりと頷いた。


「真人様……か」


 小さく繰り返す。


「真実の人……ね」


 一拍置く。


「ちょっと違う気がするな……」


「え?」


 忠史が顔を上げる。


「真実かどうか……それを語るのはなかなか難しい」


 静かに言う。


「だが……あの人は……あのきれいな目の人は……」


 言葉を選ぶようにゆっくりと。


「純真な人……という感じだろうな」


「純真な人……」


 忠史はその言葉を繰り返した。

 胸の中にすっと落ちてくる。


(……ああ確かに)


 そう言われるとその方がしっくりくる気がした。

 環も小さく頷く。


「会長も……この軽井沢の自然に囲まれて少しでもよくなってください」


 少しだけ笑顔になりやさしく言う。


「純真な真人様ともたくさんお話ししてほしいです」


「あぁ……」


 栄一は静かに応じる。


「そうだな……」


 そして、しばらく沈黙が流れた。

 風がカーテンを揺らす。

 光がやわらかく部屋を満たす。


「……そうか」


 栄一がぽつりと呟く。


「いいな……」


 その声はどこか遠くを見ているようだった。


「未来は……明るいな……」


 その言葉に忠史ははっとする。

 環も何か異変を感じたように顔を向ける。


「大村くん、いままで……今日までありがとう」


 その言葉に環の表情が固まる。


「え……?」


 一瞬意味が分からない。


「何ですか会長」


 戸惑いながら言う。


「お水でも……お飲みになりますか?」


 だが、栄一はゆっくりと首を横に振った。


「いや……」


 小さく息を吐く。


「そろそろ……お迎えがきたようだ」


「……え?」


 空気が変わる。


「え? え? 会長?」


 環の声が揺れる。


「どうしたんですか!? 会長!」


 忠史も思わず立ち上がる。


(……なんだ、この感じ)


 言葉にできない違和感。

 時間がゆっくりになる。


「あ……」


 栄一がふと宙を見つめる。

 その視線は誰かを追っているようだった。

 ゆっくりと宙に手を伸ばす。何かに触れようとするように。


「あれは……天女……羽衣(はごろも)……」


 かすれた声。

 その言葉と同時に力が抜けたように腕が落ちた。


「……!」


 環が息を呑む。


「会長!? 会長!!」


 ベッドに駆け寄り思わず体を揺する。


「え? ええ!? どうして!? 会長……!」


 何度も何度も呼びかける。

 しかし、その目が再び開くことはなかった。


 風だけが静かに部屋を通り抜けていく。

 軽井沢の匂いを残しながら。


遠くを見るような声って何? って感じですよね。

何となくの雰囲気です。


ここまでを「捲る人(第二章)」にしようと思います。

前編・後編ではなく、何とか章立てでストーリーを展開できそうです。

今後の展開はまだ思いついていないのですが、またゆっくり考えます。


いつも読んでいただきありがとうございます。

これからも読み続けていただけると幸甚です。


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