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(2-32)診療所へ

「えっと……」


 かすれた声がまだ現実を掴みきれていないように揺れる。


「ここ……? たまき……??? なんで……」


 芽来はゆっくりと上半身を起こしかけた。その瞬間――


「痛っ!」


 鋭い声が空気を裂いた。


「あ、そのまま!」


 本橋が即座に反応する。


「はい、ゆっくりゆっくりそのまま起き上がらないで体を倒して。どこが痛みますか?」


 落ち着いた声。だがその中にははっきりとした緊張があった。


「あし……右足が……」


 息を詰めながら芽来が答える。本橋はすぐに視線を足の方へ向けた。タオルケットで包まれた足元をめくると、さきほどは気づかなかったが右足首辺りが紫色に変色し大きく腫れている。


「あ! これは……」


 すぐに手を添え慎重に触診する。


「少し触りますね……」


 指先で位置を確かめる。骨の並び、腫れの範囲、熱感。


「……ううっ!」


 芽来の顔が歪む。歯を食いしばる音が聞こえる。


「……なるほど。捻挫ではなさそうですね……おそらく骨折です」


 淡々とした口調だが判断は早い。


「ひびが入っているんだと思われます。他もちゃんと診ておいた方がいいな……」


 すぐに顔を上げる。


「渉くん、診療所に運びましょう。すぐに」


「はい」


 渉が静かに応じる。

 そのやりとりを環は固唾をのんで見守っていた。


「大村さん」


 本橋が振り向く。


「お兄さんは診療所でレントゲンを撮ったりしてしっかり診ます。いろいろとたくさんお話ししたいと思いますが少しだけお時間ください」


 言葉は簡潔だが力強い。


「大丈夫です。私は医者です。任せてください」


「……はい」


 環は不安と安堵に揺れつつも、小さく、しかしはっきりと頷いた。


「兄を……よろしくお願いします」


 ソファでは芽来こそ何か言いたげだったが、痛みをがまんしつつそのやりとりをだまって聞いていた。


「ではお兄さん、少しだけ目を閉じてくださいね」


 穏やかに言う。

 芽来は戸惑いながらもゆっくりと目を閉じた。本橋は、閉じた芽来の目の上から目隠しするように自分の手をあてて渉に視線を動かす。

 言葉はない。それで十分だった。


 渉が一歩近づき本橋の肩に手を乗せる。

 思わず忠史は息を整える。


 ――捲る。


 渉と本橋、そして芽来。三人の姿は靄の中に溶けるように消えた。


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