(2-31)救出2
別荘のリビングでは、環が玄関の方を向いたままずっと手を合わせていた。
言葉はない。ただ祈る。
必死に。
一心に。
その背中からは張りつめた想いが伝わってくる。
本橋はその様子を少し離れたところから見ていた。
(……何も言えないな)
小さく息をつく。
こういうときどんな言葉も軽くなる。慰めも励ましも届かない。ただ待つしかない。
視線を横に移すと、ベッドの上では栄一が静かに眠っている。その寝息だけがこの場の現実をつなぎとめているようだった。
時計を見るとまだ十分ほどしか経っていない。だがその時間はひどく長く感じられた。
(さて……どうするか……)
思考が動きかけたそのとき、玄関の空間がふわりと歪み靄のようなものが立ち上がる。
「……!」
本橋の目が見開かれる。
その靄の中から人影が現れた。
「……あ!」
渉に忠史、そしてぐったりとした一人の男。
「本橋先生、お願いします!」
忠史の声が響く。
その一言で本橋の身体はすぐに動き玄関へ駆け寄る。
その声に環もはっと顔を上げた。
「……!」
一瞬で状況を理解する。
「兄ちゃん!!」
叫びながら駆け寄る。
本橋はすでに芽来のそばに膝をついていた。
手首に触れる。
脈を測る。
胸元に手を当て呼吸を確かめる。
視線で全身をざっと確認する。
(脈はある。呼吸も……ある)
ほっとしかけるがまだ安心はできない。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!!」
隣で環が必死に呼びかけている。声は震えていて今にも崩れそうだ。
「大村さん」
本橋が落ち着いた声で言う。
「ここにタオルケットか薄手の毛布のような体を包めるものはありますか?」
環が顔を上げる。
「それと、布を切るようなハサミを」
その言葉で環の表情が変わった。はっとしたように現実へ引き戻される。
「……はい!」
力強く頷く。そして、すぐに立ち上がり階段へ向かった。
駆け上がる足音。その背中を見送る間もなくふっと空気が揺れる。
「あ……」
忠史が小さく声を漏らす。そこにはさっきまで無かった奥田家へ移動させたはずの大きな三人掛けのソファがベッドの横に現れていた。
そして、そのすぐそばに渉が立っている。
(いつの間に……)
いや、考えるまでもない。渉の判断の早さに忠史は感心しきりだった。
ほどなくして環が戻ってくる。息を切らしながらタオルケットと大きなハサミを差し出した。
「ありがとうございます」
本橋はすぐに受け取ると、迷いなく芽来の衣服にハサミを入れた。
布を切り衣服を剥がしていく。そして、空気を遮断するようにタオルケットでしっかりと体を包み込む。
「遠藤くん手伝って」
「はい!」
忠史がすぐに応じ、二人で慎重に身体を持ち上げゆっくりとソファへと運ぶ。
頭を少し高くして横たえる。
本橋はすぐに顔を覗き込んだ。
「大村さん……芽来さん、聞こえますか?」
穏やかだがしっかりとした声。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
環はもう感情が抑えきれていなかった。
涙がぽろぽろと落ちる。
「兄ちゃん……お願い……」
そのとき――
「……う……」
かすかな声。
全員の動きが止まる。
「……っ!」
環が息を呑む。
「あ……兄ちゃん!? 聞こえる!? 環だよ! 兄ちゃん!」
顔を覗き込む。芽来のまぶたがゆっくりと震え、重たそうに開かれる。
ぼんやりとした視線が宙をさまよう。
焦点が合わない。
「……ここ……」
かすれた声。
環は思わずその手を握った。
「兄ちゃん! 大丈夫……もう大丈夫だよ……!」
涙でくしゃくしゃになりながら笑う。
「遠藤くん、お水持ってきて」
忠史はすぐにキッチンからコップに水を入れて持ってきた。
本橋は芽来の上半身を抱え起こしコップを口に近づける。
「大村さん、ゆっくり飲んでください」
芽来はゆっくりとゆっくりとコップ一杯の水を飲みほした。




