(2-28)黒い写真
環はしばらくうつむいたままだった。興奮や昂る感情を抑えているように見えたが、ふいに意を決したように顔をあげた。両手を軽く握りしめ、先ほどまでの興奮とは違うもっと重たい感情がそこにあった。
「奥村さん……」
少しだけ言い淀む。
「突然こんなことを言うのも何なんですが……実は兄が行方不明なんです」
「え?」
思わず声を上げたのは渉ではなく忠史だった。その言葉の重さに反射的に反応してしまう。
環はそのまま続けた。
「数日前に穂高の方に行ったようなんですが……その日に帰るはずがまだ戻ってなくて」
視線がわずかに揺れる。
「それは具体的にいつですか?」
本橋が落ち着いた声で尋ねる。
「三日前です」
環はすぐに答える。
「今日で……四日目になります」
その言葉に忠史の胸がざわつく。
「携帯は……?」
「電源が入っていないというアナウンスが繰り返されるばかりで……」
かすかに声が震える。
「穂高連峰……四日も連絡がつかない……」
本橋が静かに繰り返す。その表情は先ほどまでよりも明らかに厳しくなっていた。
「たぶん一人で行ったと思います」
環は続ける。
「登山が好きでよく一人で登ってるようですし……ただ……こんなに連絡がつかないことは今までなくて」
拳をぎゅっと握る。
「私は会長のこともあったし……どうすることもできず……気づいたらもう四日も経ってしまっていて……」
「なるほど……」
本橋はゆっくりと頷く。
「穂高というのは確実なんですか?」
環は正直に答える。
「行くとは言っていました。でも……どこにいるのかはまったく分からない状況で……どこにどう相談したらいいのかも分からなくて……」
その言葉に場の空気がさらに重くなる。
「つまり、他の可能性もあるということですね?」
本橋が静かに言う。
確認するような口調。
「そうですね……」
環は小さく頷く。
「可能性はあります。ただ単に友達や知り合いのところに行っているだけ……とか」
その言葉に忠史が口を開いた。
「でも、それだったら何日も連絡が取れないのはおかしいですよね?」
環が顔を上げる。
「誰かのところにいるなら充電だってできるでしょうし」
「……はい」
環は小さく応じる。その表情は不安を押し殺しているようだった。
「穂高の……」
静かな声が入る。
渉だった。
「お兄さんから送られてきた景色の写真とかありますか?」
その問いは淡々としていたが、どこか核心に触れているようにも感じられる。
環は一瞬だけ考え、そして頷いた。
「あります……というか、あるにはあるんですが」
どこか言いづらそうにスマートフォンを取り出す。
「これなんです」
画面を開き三人に見せる。
そこに映っていたのは真っ黒な画像だった。
何も写っていない。
光も、影も、形もない。
ただの黒。
「……これが?」
忠史が思わず呟く。
「はい」
環は頷く。
「四日前に兄から送られてきたものです。何のメッセージもなくこれだけ……」
静まり返るリビング。
その黒い画面が妙に重たく感じられる。
(なんだ……これ)
ただの撮影ミスなのか。
それとも――
忠史は無意識に渉の方を見た。
渉はその画面をじっと見つめていた。まるで、その漆黒の奥に何かを見ているかのように。




