(2-27)大村環2
「え!?」
環の口からかろうじて漏れた声はそれだけだった。
「そんなこと……」
言葉にならないままはっとしたように栄一の手を離す。次の瞬間、彼女は弾かれたように外へ飛び出していった。
「ええええええええ!!!!」
別荘の外から抑えきれない驚きの声が響く。
忠史は思わず本橋の顔を見る。
「まあ……そうなりますよね」
小さく呟く。
本橋は苦笑するでもなくただ静かに頷いた。
「無理もない」
リビングには再び静けさが戻る。外では落ち葉を踏む足音がしばらく続いていた。あちこちを確かめるように歩き回っているのが分かる。
そして五分ほど経った頃、勢いよく扉が開いた。
「すごい!!」
環が戻ってきた。
頬は紅潮し目は大きく見開かれている。
「すごいです!!」
言葉が溢れ出す。
「一体どうやったんですか!?」
その声は驚きと興奮が入り混じっていた。先ほどまでの冷静な雰囲気はどこにもない。
本橋はそんな様子を見てゆっくりと口を開いた。
「言ってもなかなか信じていただけないかもしれませんが……彼にはそういう能力があるんです」
そう言って視線を横に向ける。その先には渉がいた。
渉は環としばらく視線を合わせる。逃げることも誇ることもなく、ただまっすぐに。
そして静かに頷いた。それだけで十分だった。
「……すごいです」
環は小さく呟く。
「すごすぎて……言葉がありません」
そう言いながらも表情は抑えきれない。胸の内に溜まっていたものが一気に溢れ出しているようだった。
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。環が落ち着くのをただ待つ。外の森の音だけが静かに流れていた。
やがて環はゆっくりと息を整え、少しだけ視線を落としながら言う。
「昨日……会長が寝て起きたら軽井沢かっておっしゃってましたけど……」
一度言葉を切る。
「本当にそうでしたね……」
顔を上げる。
その目はわずかに潤んでいた。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。その仕草は形式的なものではなく心からの感謝が込められていた。
忠史はその様子に少し驚く。
(……こんな顔する人だったんだな)
これまで見てきた彼女はどこか抑えた印象が強かった。だが今は感情がはっきりと表に出ている。
環はゆっくりと顔を上げ少しだけ笑う。
「みなさんが帰られたあと……会長が言っていたんです」
静かに語り始める。
その言葉に三人は耳を傾ける。
「奥村さんを見て……」
環の視線が渉へと向く。
「俺はいままでいろんな奴を見てきたけど、あんなきれいな目をした奴は人生で見たことがないって」
忠史は思わず渉の横顔を見る。
渉は何も言わない。ただ静かにその言葉を受け止めている。
「もしかしたら神の使いかもしれない……って」
環は少しだけ照れたように笑った。
「会長は……奥村さんに何かを感じていたのかもしれません」
その声はどこか嬉しそうだった。まるで自分のことのように。
リビングの中にやわらかな空気が広がる。
窓の外では軽井沢の森が静かに揺れていた。




