(2-24)須永栄一2
その横で、もう一人の女性が一歩前に出た。
「大村環と申します」
丁寧に頭を下げる。
「会長の身の回りのお世話をしています」
「よろしくお願いします」
本橋が応じる。
「移動の際はどうされますか? 基本はご本人様だけで他の方には別での移動をお願いしています」
「できれば同行したいです」
環ははっきりと答えた。その視線は時折栄一へと向けられている。気遣いと、どこか強い意志のようなものが感じられた。
「会長のご負担が少ないよう、できる限りそばで配慮したいと考えています」
「なるほど……」
本橋は渉に目くばせする。本来なら移動の際は本人のみ。今回でいえば栄一のみで環には別行動で軽井沢に向かって欲しい。それはもちろん捲る能力を見られたくないからだ。
渉はしばらく目を閉じていたが、ゆっくりと開いて本橋に向かって頷いた。
「……わかりました。では大村さんは我々と同行ということでよろしくお願いします」
ひと通りの確認が終わり空気が少し緩む。
そのとき、裕子が口を開いた。
「移動の日時ですが」
視線を本橋に向ける。
「お任せしますので、父と大村さんとで決めていただいて構いません」
その言い方はどこまでも事務的だった。
「俺は、行けるならすぐにでも行きたい」
間を置かず栄一が言う。
「どうせ長くはないんだ。時間を無駄にしたくない」
その言葉には迷いがなかった。
環がすぐに続く。
「私は会長にお任せします」
その声には確かな覚悟が滲んでいた。
本橋は一度渉と忠史の方を見た。そして、ゆっくりと頷く。
「……分かりました」
静かに言う。
「早い方がよろしいのであれば……明日はいかがでしょう」
「明日か」
栄一が小さく笑う。
「いいな。いい」
「では、そのように手配いたします」
本橋がまとめる。
「とにかく動くと辛い。寝返りをうつだけでもひと苦労なんだ。何人かの医療関係者やそういう業者にあたってみたが、どこももう移動は難しいという答えだった。その点は大丈夫だろうね?」
「大丈夫です。会長がお休みの間に軽井沢へお連れします」
本橋がそう答えるが、なぜか栄一は渉をじっと見つめていた。
その目線に気づき渉が無言で頷く。
「そうか……寝て起きたら軽井沢ってわけだ」
本気とも軽口ともとれる言い方だったが、栄一はうれしそうに言った。
「明日、こちらからお迎えにあがります」
特にもめることもなく話は決まった。だが、その決定の重さは誰もが理解していた。
(明日……か)
忠史は心の中で繰り返す。
それは、ただの移動ではない。
この人にとって、最期の場所へ向かうための一歩なのだ。




