(2-23)須永栄一1
高輪の住宅街は午後の静けさに包まれていた。整えられた庭、規則正しく並ぶ家々、山の空気とはまったく対照的などこか整いすぎた空間。
その一角にある邸宅の前で三人は足を止めた。
「ここです」
本橋が短く言う。
インターホンを押すとすぐに応答があった。
「はい」
落ち着いた女性の声。
「本橋です。本日はお時間ありがとうございます」
「どうぞ、お入りください」
扉が静かに開く。中に入るとひんやりとした空気が肌に触れた。空調の効いたどこか無機質な涼しさ。
リビングには三人の姿があった。
ひとりはソファに座っている女性。
もうひとりは、その横で控えるように立つ女性。
そして、部屋の中央に置かれたベッドにひとりの男が横たわっていた。
「田村裕子です」
ソファから立ち上がり裕子が口を開く。
「こちらが父の須永栄一です」
「はじめまして、本橋です」
本橋が一礼する。
「で、奥村くんとそっちが……」
「あ、遠藤といいます」
忠史も慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
短く返したのはベッドの上の男――栄一だった。
その声に、忠史は思わず顔を上げる。
低くてよく通る声。身体は横たわっているにもかかわらず、その存在感は圧倒的だった。
(……でかい)
寝ている状態でも分かる。肩幅、骨格、そのすべてが大柄だ。そして何よりその目。衰弱しているはずなのにまだ力を失っていない。
「わざわざ来てもらって悪いな」
栄一が言う。
「いえ」
本橋は静かに首を振る。
「ご依頼内容について改めて確認させていただければと」
「ああ、いい」
栄一はわずかに顎を引いた。
「話は簡単だ」
一度、息を整える。
「こんなクーラーの効いたところで死にたくないんだ」
その言葉に室内の空気がわずかに変わる。
「自然の中で静かに最期を迎えたい。せっかく軽井沢に別荘があるんだ。今使わないでいつ使う」
はっきりとした口調で、少しだけ口元に笑みが浮かぶ。
「違うか?」
「……いえ」
本橋が応じる。
「よく分かります」
そのやり取りを裕子は静かに聞いていた。その表情はほとんど動かない。
「父の希望は今お話しした通りです」
淡々とした声で言う。
「ベッドごとの移動を希望しています」
「はい、その点も承知しています」
本橋が頷く。
「移動先のリビングについても事前にお伝えした通り家具の移動が必要になります。ソファは処分でも構いません。スペースの確保を優先してください」
裕子はあっさりと言った。
その言い方に忠史はわずかな違和感を覚える。
(……ずいぶん割り切ってるな)
悲しみや迷いといった感情はほとんど見えない。まるで業務の話をしているかのようだった。




