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(2-22)港区高輪

 本橋は椅子に腰かけたままゆっくりと二人を見渡した。


「じゃあ、今回の依頼について簡単に説明するよ」


 その声は穏やかだったが、どこか仕事の顔に切り替わっているのが分かる。


「依頼者のお父さんは末期の肺がんだ」


 一言で空気が引き締まる。


「もう病院では手の(ほどこ)しようがなくてね。今は都内の自宅でほぼ寝たきりの状態らしい」


 忠史は無意識に背筋を伸ばした。


「そのお父さんご本人の希望で軽井沢の別荘に移りたいと」


「軽井沢……」


 思わず小さく繰り返す。


「ただし条件があってね」


 本橋は指を軽く立てた。


「移動するのは患者本人だけじゃない。ベッドごとだ」


「ベッドごと……ですか?」


 忠史は思わず聞き返す。


「ああ。今使っているベッドのままだ。しかもキングサイズのシモンズ製。環境を変えたくないという意向だろうね」


 その言葉に何となく理解が追いつく。別の環境、別のベッド、今までと違った寝心地。そういったわずかな違いすら今の状態では大きな負担になるのだろう。


「移動先は別荘の一階リビング。ただ、そこにはソファセットが据えられている。だからまずはそれをどかしてスペースを確保して……そこにベッドを置く」


 頭の中で情景が浮かぶ。


 広いリビング。

 運び込まれるベッド。

 そこに横たわる人。


(つい)棲家(すみか)……ということなんだよな)


 そんな考えがよぎる。


「ざっとこんな感じだ」


 本橋は一度言葉を切った。


「ただ、こういう仕事は認識のズレが一番危ない。今回は段取りもややこしいし、他にも何か見落としがないかお互いの理解に齟齬(そご)がないか、それを確認するためにこの後依頼者と打ち合わせをする」


 そして、視線を渉に向ける。


「今までは最後に患者を移動させるときだけ渉くんにお願いしていたけど、その席に渉くんも同席してほしい」


「分かりました」


 渉は即答する。その声には迷いがない。

 続いて、本橋は忠史の方を見る。


「忠史くん、君も一緒に来てくれるか」


 一瞬だけ間が空く。

 だが、すぐに頷いた。


「……はい。分かりました」


 まだ何も分かっていない。それでも、この場にいる以上関わるしかない。いや、関わりたいと思っている自分もいる。

 本橋は小さく頷いた。


「場所は港区高輪(たかなわ)のご自宅だ」


(高輪……って、普通に東京じゃないか)


 その地名に、忠史はわずかに現実へ引き戻される。ついさっきまで山の中にいたはずなのに。


「渉くん、高輪は行けるよね?」


「そうですね……新高輪プリンスの飛天の間の辺はわかります。あと、その先の高輪警察と消防署の交差点辺りとか」


「あの交差点のところ……確か公園があるよね?」


「あ、わかります。では公園で」


「じゃあ、行こうか」


 本橋は立ち上がり忠史の肩に手を置く。同時に渉が一歩前に出た。

 その動きを見て、忠史は息を整え目を閉じる。


 ――捲る。


 気づけば、そこは街中の公園というより遊歩道のようなところ。そして都会の雰囲気。空気の匂いすら違っていた。


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