(2-18)植物のネットワーク
「あれ? そういえば……」
ハジメがふと何かを思い出したように呟いた。視線は宙を泳いだまま記憶を手繰るように続ける。
「植物は……根っこで周囲とネットワークを持ってる、みたいな説を読んだことがある……な」
その言葉に忠史は思わず顔を上げる。
「ネットワーク……ですか?」
「うん。木と木のあいだはそこに生えている植物が繋いでて……けっこう離れてても菌糸が連携してるから情報が伝わる、とか」
淡々と話しながらもハジメの目は少しずつ熱を帯びていく。
そして突然、椅子を引いて立ち上がった。
「ちょっと待って」
そのまま部屋の隅に置かれていたノートパソコンの前へ移動し慣れた手つきで開く。指先が素早くキーボードを叩き、画面に次々と情報が映し出されていく。
「植物の……ネットワーク……?」
忠史は思わず呟く。
(なんだそれ……)
聞いたこともない話だった。だが、さっきの樹の話と妙に重なってしまう。
部屋の中にはキーボードを打つ軽い音だけが響く。
やがて――
「……やっぱりそうだ」
ハジメが顔を上げた。
「いくつかの大学がそういう研究をしてる」
その声には確信があった。
「木の根と菌類がつながって情報をやり取りしてるっていう……」
言いながら画面を指し示す。そこには専門的な言葉が並んでいたが、断片的にでも意味は伝わってくる。
共有。
信号。
ネットワーク。
「……本当に?」
由紀が少し驚いたように呟く。
「少なくとも“そういう仕組みがある”っていうのは研究されてる。論文も出されている」
ハジメは頷き、そしてゆっくりと樹の方へ向き直る。
「樹、すごいな!」
その顔が一気に明るくなる。
「本当に植物と話せるんだな!」
満面の笑みだった。その反応に樹は少しだけきょとんとした顔をする。だがすぐに褒められて照れくさいようなにこにこ顔になった。
「うん」
由紀も画面と樹とを交互に見ながら小さく息を吐いた。
「そんな研究があるなんて……」
驚きはまだ消えていない。けれどその奥に別の感情が芽生えているのが分かる。不安よりも、この子すごいんじゃないか?というそんな思いが少しずつ形を持ち始めていた。
「いっちゃん……」
由紀は優しく名前を呼ぶ。その声にはどこか誇らしさのようなものが混じっていた。
一方で、忠史は言葉を失っていた。
(植物のネットワーク……)
頭の中でさっきの話と結びついていく。
根っこが教える道。
見えない繋がり。
樹が山の中を迷わず進める理由。あの異常な速さ。それがもし本当に“繋がり”によるものだとしたら。
(……なんなんだよ、それ)
思わず苦笑しそうになる。だが同時に背筋の奥がわずかに震える。
(植物と……根っこと話せるって……どんな力だよ)
奥袴狭。
ただの田舎の山ではない。
もっと深い何かがある場所だという、その一端が見えた気がした。




