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(2-16)樹の能力1

 忠史と樹、村ばあの三人が村に戻ると昼の支度の匂いがどこからともなく漂ってきた。

 味噌や出汁のどこか懐かしい匂い。


「忠史くんこっち!」


 そう言って樹は自分の家へ駆けこむ。

 村ばあとはそこでわかれ、忠史も中村家におじゃました。

 中村ハジメが奥から顔を出す。


「あ、遠藤さん、どうぞどうぞ」


 中に入ると母の由紀が手際よく食事の準備を進めていた。


「ありがとうございます」


 囲まれた卓に並ぶのはどれも素朴だが温かみのある料理だった。湯気の立つ味噌汁、焼いた魚、そして忠史には見慣れない山菜たち。


「いただきます」


 声を揃えるでもなく自然に箸が伸びる。

 食事の最中、会話はとりとめもなく続いた。


「いやあ、いきなりずうずうしいメールしてすみませんでした。都合よすぎますよね」


「いえいえ。学生生活とバイトは切り離せませんから。私もそうでしたから事情はわかります」


 ハジメは穏やかだった。


「渉さんからも……結局バイトって何をするのかまだ聞いてなくて……」


「大丈夫ですよ。私も渉さんの活動を全て知っているわけではありませんが、遠藤さんがお手伝いできることはたくさんあると思います」


「そうですね……渉さんから声がかかるのを待ちます」



 食後のコーヒー。ゆっくりと立ち上る香り。奥袴狭で飲むそれはどこか贅沢に感じられる。

 自然と会話もゆるやかになる。


「はあ……落ち着きますね」


 忠史がカップを手に言うと、ハジメは小さく笑った。


「ここは本当にいいところです」


 樹は椅子に座ったままどこかぼんやりと外を見ている。

 その横顔を見ながら、忠史はふと樹に聞いてみたくなった。


「あのさ」


 少しだけ身を乗り出す。


「樹くんって山の中でやたら移動速いよね」


 樹はちらりとこちらを見る。


「そうかな?」


「そうだよ。正直異常なくらい」


 その言い方にハジメが苦笑する。


「異常って」


「いやでも本当にすごいですよ」


 忠史は真面目に言った。


「最初からあんな感じだったんですか?」


 ハジメは少し考えるように顎に手をやる。


「いや、どうでしょう……小さい頃はそこまででもなかったと思いますけど」


「そうですねぇ」


 由紀も同意するように頷く。


「慣れてきたってことなんでしょう」


 ハジメがそう締める。

 その流れを樹がぽつりと崩した。


「教えてくれるの」


「え?」


 忠史が顔を向ける。


「教えてくれるって、何?」


 樹は少しだけ考えるように視線を泳がせ、それから言った。


「ここ通った方がいいよ、とか、こっちの方が進みやすいよ、とか」


「……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「何それ。どういうこと?」


 思わず身を乗り出す。そして、半分冗談めかして半分本気で続ける。


「誰が教えてくれるの??? まさか……植物と話せるとか言わないよね?」


 樹は少しだけ首をかしげた。


「うーん……木とか草とかじゃなくて根っこが教えてくれるの」


 一瞬、空気が止まった。


「……根っこ???」


 忠史の声がわずかに上ずる。

 その横で、ハジメと由紀も顔を見合わせていた。どうやら二人にとっても初めて聞く話らしい。


「え? それ何の話? そんなの言ったことあったか?」


 ハジメが眉をひそめる。


「前に言ったよ。山とお話ししてるって」


 言われてみれば、確かに樹がもっと小さい頃にそんなことを言っていた気もする。でもそれはあくまでも子供が言う話しであって、木々のざわめきや風の音なんかが自分に語りかけてくるみたいに感じてるんだろう、くらいなもので特に気にしたことはなかった。


「そういえばそんなこと言ってたか……」


「うん。でも……お山じゃなくて根っこだってわかったんだ」


 樹は特に気にした様子もなく続ける。


「渉くんも知ってるよ」


 当たり前のように言う。

 忠史は胸の奥に朝から感じていた違和感がゆっくりと形を持ち始める。


(……なんだ、それ)


 ただの山慣れでは説明できない何か。

 コーヒーの香りの中で、ほんのわずかに空気の質が変わった気がした。


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