(2-10)ウソ
強い日差しがキャンパスのコンクリートを照り返していた。セミの鳴き声がうるさいくらいに響いている。
学食の外にあるベンチに、忠史と吉岡、村井の三人は並んで座っていた。授業もひと段落し、夏休み目前のどこか浮ついた空気が流れている。
「で、夏休みどうすんの?」
ペットボトルのジュースを片手に、吉岡が気軽な調子で聞いた。
「俺? 俺はもう決まってる」
村井が即答する。
「バイト三昧。フルで入れてる」
「あー、出たよ真面目マン」
吉岡が笑う。
「いやいや、真面目とかじゃなくてさ」
村井は肩をすくめた。
「やらないと生活できないし。夏休みってむしろ稼ぎ時だろ」
「まあ、それはわかる」
吉岡が頷く。
「ちゅうちゅうは?」
ふいに話を振られる。
「……え?」
一瞬、反応が遅れた。
「お前だよ、遠藤忠史さん」
「ちゅうちゅうも連日バイトだろ?」
二人の視線が向く。忠史はほんの一瞬だけ言葉に詰まった。
(どうする……)
正直に話すわけにはいかない。
奥袴狭のことも。
渉のことも。
たとえこの二人でも、仲が良いからこそ軽く話していい内容じゃない。
「いや……」
少しだけ視線を逸らす。
「実はさ」
できるだけ自然に聞こえるように言葉を選ぶ。
「知り合いからリゾートバイトに誘われてて」
「え!?」
「リゾートバイト?」
二人が同時に食いつく。
「どこ?」
吉岡が身を乗り出す。
「それが……」
忠史は苦笑した。
「兵庫で知り合った人なんだけど、バイト先がどこになるのかいまいちよくわかってなくて」
「は?」
村井が眉をひそめる。
「何それ」
「場所わからないって、どういうことだよ」
「いや、なんか……紹介してもらう感じでさ」
自分でも苦しい言い訳だと思う。案の定、二人の表情は微妙だった。
「……大丈夫なのか?」
村井が真顔で言う。
「なんか怪しくないか?」
吉岡も腕を組む。
「最近あるじゃん、変なバイト」
「あー、ニュースでやってたやつな」
「そうそう、なんかよくわからんとこ連れてかれるやつ」
忠史は慌てて首を振った。
「いやいや、そういうのじゃないって」
少し笑ってみせる。
「ちゃんとした人だから。そこは大丈夫」
(……たぶん)
心の中で小さく付け足す。
「でもまあ……もし変な感じだったらすぐ逃げてくるよ」
「当たり前だろ」
村井が即座に言う。
「無理すんなよ、マジで」
「今どき何あるかわかんねえからな」
吉岡も真剣な顔で頷く。
一瞬だけ三人の間に微妙な空気が流れた。そこで吉岡が空気を変えるように笑う。
「でもさ、リゾートバイトって当たり引くとめっちゃいいらしいよな」
「あー、わかる」
村井も乗る。
「飯出るし住み込みだし観光地だし」
「な? 勝ち組じゃんそれ」
吉岡が笑いながら忠史の肩を軽く叩く。
「いいとこだったら紹介しろよ」
「俺らも来年行くからさ」
「いや、来年って……」
忠史もつられて笑った。
「まあ、良かったらな」
軽く答える。けれど、胸の奥に少しだけ引っかかるものがあった。
(ウソついててごめん)
悪いことをしているわけではない。でも、隠していることは確かだった。
ふと、奥袴狭の景色が頭に浮かぶ。
あの静かな村。
あの不思議な空気。
(ちゃんと話せる日が来たら二人にも正直に話すから)
心の中でそっとつぶやく。
顔を上げるといつも通りの二人がそこにいる。
何も知らないいつもの日常。
その中にいる自分と、もうすぐそこから少し外れていく自分。
セミの鳴き声がやけに大きく聞こえた。




