(2-4)きっかけ
診療所に戻った本橋は、自分がこの仕事を始めることになったきっかけをふと思い出していた。
本橋保は兵庫県の出石町の出身だった。
高校時代の同級生に奥村昭一という男がいた。気のいい男で裏表がなく、誰とでもすぐ打ち解ける。困っている人を見ると放っておけない。二人は気が合い、よく一緒につるんでいた。
高校卒業が目前に迫ったある日、昭一が教えてくれた。自分には特別な能力があると。それは、場所と場所の間をつなげてしまうような不思議な能力だった。
初めて見たときは驚いたものだ。だが、本橋はそれを特別視しすぎることはなかった。
確かにあり得ないほどのすごい能力だ。
けれど、昭一は昭一だ。
友達であることには変わらない。
その後も、昭一がその能力を使って何かしら活動しているらしいことも知っていた。だが、本橋はそれに深入りすることはしなかった。本橋自身も医者になり、神河町で開業して忙しい日々を送っていたからだ。
たまに会えば昔と同じようにバカ話をする。
それで十分だった。
そんな関係だった。
だが、いつからだったか昭一と会わなくなった。忙しかったのかもしれないし、お互いの生活が変わっただけかもしれない。それでも本橋は特に気にしていなかった。
(まあ、昭ちゃんのことだ。元気にやってるだろう)
そう思っていた。
そんなある日、診療所に一人の青年がやってきた。
「……本橋先生ですよね」
本橋は顔を上げた。青年の顔を見ても一瞬誰だかわからなかった。だが、どこか見覚えがある。
「奥村……渉です」
その名前を聞いた瞬間、本橋は立ち上がっていた。
「……渉くん?」
まだ幼かった頃に何度か会ったことがある昭一の息子だ。だが目の前にいるのはもう立派な大人だった。
「大きくなったなあ……」
思わずそう言いかけて本橋は気づいた。
渉の表情がどこか固かった。
「父は……亡くなったんです」
渉は少し間を置いて言った。
「もうあれから十年になります」
本橋は言葉を失った。
昭一が死んだ? 十年も前に?
信じられなかった。
死因を詳しく聞けたわけではない。ただ、本橋は思った。
(昭ちゃん……人が良すぎるからな)
あの能力はあまりにも特別だ。悪い人間に利用されたらどんなことにでも使えてしまう。
もしかしたら――
そんな考えが頭をよぎった。
しばらくして渉が言った。
「父がやっていた仕事を……続けようと思っていて……」
本橋は眉をひそめた。
「仕事?」
渉は頷いた。
「父の記憶にある場所を……回っています」
どういうことかはだいたい想像がついた。昭一は自分の能力を使って何かしらの活動をしていたのだろう。そして渉もまたその能力を受け継いでいる。
本橋はため息をついた。
「……ダメだな」
渉が驚いた顔をする。
「え?」
「危ない」
本橋ははっきり言った。
「あの能力は危険すぎる」
昭一がどうやって死んだのか本当のところはわからない。だが、本橋にはどうしても嫌な予感があった。
そしてもう一つ。本橋には子供がいなかった。自分が親代わりとまでは言わないものの、危ないかもしれない道に踏み出そうとしている目の前の青年をこのまま放ってはおけない。そんな気持ちがふつふつと湧いてきた。
「渉くん」
本橋は静かに言った。
「昭ちゃん……君のお父さんがやっていたことは一旦置こう」
渉は黙っている。
「その代わり」
本橋は続けた。
「君の能力を使って人の役に立つことをしよう」
危ないことはしない。
誰かを傷つけることもしない。
そして、本橋の目の届くところで。
「二人でやるんだ」
渉は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「……はい」
それが始まりだった。
最期師の仕事を始めてからもう十年以上になる。
「今の俺たちを見たらなんて言うかな」
昭一のことを思い出しながら小さく笑った。




