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(2-2)熱海へ

 昼前の柔らかい光がカーテンの隙間から差し込み、白いシーツの上に細い影を落としている。ベッドの上の老人は浅い呼吸を繰り返していた。酸素チューブが鼻にかかり、胸の上下はゆっくりだが確かだった。

 本橋は椅子に腰掛け腕時計をちらりと見た。


(届いたかな……?)


 目を閉じて待つ。

 静かな病室。

 廊下を通るカートの音が遠くで聞こえる。


 数分ほど経った頃だった。部屋の隅に(もや)がかかったようになり、その中から一人の青年が現れた。

 渉だった。


「こんにちは。本橋先生」


 いつもの少し控えめな声。

 本橋は立ち上がり軽く手を振った。


「お、来てくれましたか。こんにちは」


 渉は病室を見回し小さく会釈する。


「この方ですね」


「うん。依頼人のご主人さん」


 本橋はベッドの老人を見る。


「熱海に行きたいそうでね。どうせなら海の見えるところで最期を迎えたい、と」


 渉も静かに老人の顔を見た。長い人生を歩いてきた人の顔だった。


「奥さんは?」


「もう向かってもらったんだ。先に民泊で待ってもらって……と言っても、奥さんがここを出てまだ一時間くらいだからたぶん我々の方が早く着くね」


 苦が笑いしつつ、本橋は封筒から何枚かの写真と地図を取り出した。


「これが部屋の写真」


 窓いっぱいに海が広がる部屋。青い水平線も見える。


「場所も確認済み。民泊の二階、海側の部屋」


 渉は写真を手に取りしばらく見つめ目を閉じた。

 頭の中でその場所を思い描く。


 窓。

 海。

 白いカーテン。

 遠くの水平線。


「わかりました」


 静かに言った。

 本橋は頷いた。


「じゃあ行きましょうか、渉くん」


 ベッドの柵を下ろしながら本橋が言う。


「この方、軽いんだよ。最近ほとんど食べられてないみたいでね」


 渉は少し緊張した様子でベッドに近づく。


「僕が抱えて……」


「ええ。いつも通りで大丈夫です」


 本橋は酸素チューブを外して老人の体をそっと抱き上げる。かすかに呼吸の音だけが聞こえる。

 そして最後に念を押す。


「熱海。民泊の二階。海の見える部屋」


 渉が頷く。


「はい」


 病室が静まり本橋は目を閉じる。


「では、行きます」


 渉は老人を抱きかかえる本橋の肩に左手を置き、右手で目の前の景色を捲った。

 三人の姿が病室から消える。


「着きました」


 目を開けた本橋の前には、窓の外に拡がる熱海の海があった。部屋にあらかじめ用意されていたベッドに老人を寝かせ、窓の外がよく見える位置に二人で少しだけベッドをずらした。


「ありがとう。私はこのままここで奥さんを待ってるよ」


「わかりました。ではまた、いつでも声をかけてください」


 そう微笑んで、渉は部屋から消えた。


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