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(29)縫い目

 その時、仁がふと思い出したように言った。


「そういえば……中村さんは“縫い目がある”みたいなこと言ってるね」


「縫い目?」


 忠史はその言葉に思わず反応した。あまりにも異質な表現だったからだ。

 仁は少し笑いながら説明する。


「中村さんの話だと、世界っていうのは一枚の布みたいなものなんだって」


 忠史は黙って聞く。

 仁は両手を広げるような仕草をして続ける。


「布って広げると一続きに見えるでしょ? でも実際にはいくつもの布が縫い合わされてることがある」


 忠史は少し考えてから言った。


「パッチワーク……みたいなことですか?」


 仁はうなずく。


「そうだね。たぶんそういうことなんだろうね」


 そして続けた。


「奥村はその“縫い目”の部分、もしくはそれに近い場所なんじゃないかって」


 忠史は眉を寄せる。


「縫い目……」


 仁は言葉を選びながら続けた。


「布と布の境界。現実と少し別の層との、その重なり目みたいな場所」


 忠史はゆっくりと繰り返した。


「布と布の……境界ですか」


 仁は肩をすくめる。


「まあね」


 少し笑う。


「中村さんは作家さんだから、たぶんそういう想像力がたくましいんだと思う」


 コーヒーを一口飲む。


「さっきも言ったけど、正直僕にはわからない」


 そして少し真面目な顔になった。


「でもね、どんなに集中して捲る練習をしても東京では発現しない。それは確信をもって言える」


 忠史は黙ってうなずく。

 仁はふっと表情を緩めた。


「せっかくだしさ、夏休みとか一ヶ月くらい奥村で過ごしてみるのもいいんじゃない?」


 忠史は目を丸くする。


「え? あ、夏休み!」


 思わず笑う。


「そうか……そうですね、それもいいですね」


 だがすぐに遠慮がちになる。


「あ、でも、さすがに旅館でもない普通のお宅にずっと泊めていただくっていうのも……」


 すると仁はすぐに首を振った。


「あ、いやいやそれなら大丈夫」


 忠史がきょとんとする。


「食事だけおやじのところで食べてもらって、普段は優香ちゃんの家を使えばいいよ。たぶんもう空き家になってるはずだから」


 忠史は驚く。


「え? 空き家なんですか?」


 少し思い出しながら言う。


「優香さんって……目の不自由な奥田さんのところですよね?」


 仁はうなずいた。


「そうそう。優香ちゃんが結婚してね、数年前にご両親を引き取ったんだ。今は福岡に住んでるって聞いてる」


 忠史は「そうなんですね」と小さく言う。


「奥村ってさ、確かにすごくいい場所なんだよ。僕にとってもかけがえのない場所だし」


 少し笑う。


「でもね、どうしてもまひと様に頼ることが多くなる」


 忠史が聞く。


「頼る……?」


 仁はうなずく。


「例えばちょっとした買い物。それ一つでもまひと様にお願いする感じなんだよ。町まで連れて行ってもらう、とかね」


 少し苦笑する。


「もちろん、渉はそんなこと何とも思ってないと思う。むしろ当然だと思ってるはず。でも、お願いする側としてはやっぱり気を遣うというか……」


 忠史は深くうなずいた。


「わかります」


 仁は小さく笑う。


「まあ……だからウチも村を離れてるわけなんだけど」


 凛たち子どもをちらっと見る。


「子どもたちが手を離れたら村に戻ろうかなって思ってるんだ」


 忠史が聞く。


「戻るんですか?」


 仁は静かにうなずいた。


「うん、やっぱりね。僕の故郷だから」


 少し優しい顔になってほほえんだ。


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