(28)発現条件
富美代は忠史の膝の上で甘える詩をほほえましく見つめていた。詩は忠史の腕にもたれかかり、忠史もさっきまで泣いていたとは思えないほど落ち着いた表情になっていた。
その光景を見ながら、富美代の頭にふと一つの考えが浮かんだ。
「ねぇ、あなた」
仁が顔を向ける。
「ん?」
富美代は少し迷うような顔をしたが、そのまま続けた。
「あなたが渉さんのお父さんから捲り方を教わって、それから数ヶ月でお父さんが亡くなったってことでしょ?」
仁が小さくうなずく。
「うん」
富美代は少しだけ声を落とした。
「っていうことは……いまこうして忠史くんに教えてるって……渉さんに何かあるのかしら?」
その言葉が落ちた瞬間、リビングの空気が一気に変わった。
「えっ!?」
翼が思わず声を上げる。
凛も目を丸くする。
「そういうこと!?」
忠史も思わず詩を抱いたまま仁を見る。子どもたちも含めみんなの視線が一斉に仁に集まった。
仁は一瞬ぽかんとした顔をしたあと苦笑した。
「いや……」
頭をかきながら言う。
「僕はまひと様じゃないし……そもそもあの時はまひと様直伝っていう感じだったから」
少し肩をすくめる。
「それに、こういう話は奥村ではどの家庭でもある程度してるんだよ。だからそういうことにはならないと思う」
富美代はほっとしたように笑った。
「あ、そうか……そうよね。ごめんなさい変なこと言って」
仁は首を振る。
「いや、いいよ」
そして少し考えてから続けた。
「それに……たぶん奥村にいないと能力は発現しない気がする」
忠史が少し身を乗り出す。
「奥村にいないと?」
仁はうなずく。
「忠史くんも見たと思うけど、あそこの夜はすごいでしょ。幻想的で」
その言葉を聞いて、忠史の頭にあの光景がよみがえった。
暗い山の中にやわらかな光で浮かび上がる奥袴狭の村。
忠史はうなずく。
「そうでした。中村さんの家で夕食をごちそうになって、そしたら樹くんが外に行こうって言うから真っ暗だろうと思いつつ出たんですけど……もう言葉を失いました」
ここにいる全員がそのことを知っている。みんな忠史の言葉を静かに待った。
忠史は詩を抱えていない方の手を広げて続ける。
「樹くんがこう手を広げて、この光に包まれてる感じすきって……」
「あ!」
凛が忠史の言葉を遮る。
「それ私がこの前村で言ったやつ!」
「え? そうなの!?」
「樹めー、私のセリフ取ったな」
「そうか、凛ちゃんを真似てたのか。なんだかずい分ませたこと言うなと思ったんです」
笑いながら続ける。
「けど、本当にその通りで……で、そのことも聞きたかったんです」
仁が「うん?」という顔をする。
「どうして光ってるのかって。それに電気はどうなってるのか、とか」
仁は少し困ったように笑った。
「正直ね、僕もわからない」
「え?」
忠史が驚く。
「もしかしたら、まひと様になったらそういうことの意味とか理由もわかるのかもしれないけど……僕にはわからないんだよ」
コーヒーカップを軽く回しながら続ける。
「ただ……たぶん何かエネルギーが出てる場所なんじゃないかなとは思ってる」
忠史がうなずく。
「だってさ、奥村で寝るとすごくすっきりするでしょ? 体が整う感じというか芯からきれいになる感じ」
忠史はすぐに頷いた。
「はい、そうでした。あの時、山の中を散々歩き回ってもう本当に疲れ切ってたんです。でも翌朝はびっくりするくらい体が軽かったんです」
仁も深くうなずく。
「そうなんだよね。本当に不思議な場所でもあるんだよ。あそこは」
しばらく小さな沈黙が流れた。




