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(27)詩の行動

 その後はしばらく沈黙が続いた。さっきまでの話の重さがまだ部屋の中に残っているようだった。

 誰もすぐには言葉を出せない。


 その時だった。


 富美代にぴったりくっついていた詩がふいに動いた。よいしょとソファの背をつかんで立ち上がり、まだ涙の止まりきらない忠史の方へ近づく。そしてソファによじのぼった。


「……?」


 忠史が顔を上げる。

 詩はまっすぐ忠史を見て言った。


「だいじょうぶ」


 小さな手を伸ばす。


「いたくないよ」


 そう言って忠史の頭をなでた。そしてにっこり笑う。そのまま当然のように忠史の膝の上にちょこんと座った。


 一同唖然。

 仁と富美代は思わず顔を見合わせる。凛も翼も目を丸くしている。

 ただ、忠史だけは違った。胸の奥にふわっと温かいものが広がる。さっきまで締め付けられていたような気持ちがゆっくりほどけていくような不思議な安心感だった。

 気づけば涙は止まっていた。

 忠史は少しだけ笑って、膝の上の詩を片手でそっと抱えるようにした。


「あ、すみません」


 少し照れながら言う。


「なんか……感情が溢れちゃって」


 一度深呼吸し、そして仁の方を見る。


「それで……その後は、普段のまひと様の役割を渉さんがやるようになった、ということなんですね?」


 詩はそれほど人見知りするタイプではない。とはいえ、会ったばかりの大学生の膝に座るような子でもない。仁も富美代も詩の行動に少し驚いたままだった。

 けれど、それはそれとして仁は忠史の問いに答える。


「あ、うん……」


 ゆっくりうなずく。


「まさに、それから渉がまひと様になった」


 仁はコーヒーを一口飲む。そして少し遠くを見るような目になる。


「どこへ行くのも渉が連れて行ってくれるようになったんだけど……最初は大変だったよ」


 忠史が聞き返す。


「大変?」


 仁は笑う。


「うん。行き先はね……実際に行ったことがある場所しかうまくイメージできないみたいなんだ」


 忠史が小さくうなずく。


「だから最初の頃はけっこう苦労した。行きたい場所があっても渉がそこを知らないと行けないんだよ」


 仁は少し肩をすくめる。


「だからさ、とりあえず二人で何度も東京に行ったんだ。まず東京に行って、そこから電車であちこち行ったりして」


 指を折る。


「飛行機に乗って各地を回ったり、北海道行ったり九州行ったり。沖縄も行ったな」


 少し懐かしそうな顔になる。


「いろいろ行ったなぁ……」


 仁はしばらく遠い目をしていた。当時のことを思い出しているようだった。


「ただね、今では写真で見ただけの場所にも行けるらしい」


 忠史が少し驚く。


「写真で見ただけで……?」


 仁はうなずく。


「まあ、やっぱり実際に行ったことがある場所の方がイメージははっきりするみたいだけどね」


 コーヒーカップを置く。


「たぶん集中力の問題なんだと思う。経験を積んで、写真だけでもその場所を強くイメージできるようになった。そういう感じなんじゃないかな」


 仁は少し笑った。


「渉はさ、表にはあまり出さないけど相当努力してると思うよ」


 その言葉を聞きながら、忠史は膝の上の詩の頭をそっと撫でた。

 詩はすっかり落ち着いた顔で忠史の腕に寄りかかっていた。


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