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(20)仁の子供時代1

 仁は少し考えるように視線を上げてから、ゆっくり話し始める。


「僕は生まれも育ちも奥村なんだ」


 忠史は小さくうなずく。


「あ、奥村っていうのは奥袴狭のことね」


 仁は子どもたちの方も見ながら説明する。


「奥にある村だから奥村なんだけど、そういえば昔はあの集落に住んでる人はみんな同じ苗字“奥村”だったらしいんだよ」


 翼が首をかしげる。


「みんな同じ名前?」


「そう。全員奥村さん」


 仁は少し笑う。


「でもそれだと色々不便だったんだろうね。いつの頃からか苗字を分けることになった」


 指を折りながら続ける。


「うちは奥園。あと奥谷と奥田。それから……渉の家は昔のまま“奥村”を名乗ってる」


 凛が小さく「へえ」と言う。


「だから麓の袴狭集落の人たちは、今でも“奥村の人”って呼んでると思うよ」


 忠史が思い出したように言った。


「あ、キャンプ場でもそんな話を聞きました」


 仁はうなずいた。


「で、話を戻すけど……」


 湯のみをテーブルに戻す。


「生まれも育ちも奥村とは言ったけど、実際に生まれたのは兵庫の県立病院なんだ」


 少し笑う。


「もちろん覚えてないけどね」


 子どもたちもつられて笑う。


「でも、小さい頃の記憶は全部あの村だね」


 仁は少し遠くを見る。


「村は本当に小さいから子どもも少ない」


 指で三を作る。


「奥谷の家に男の子が一人。僕より一つ上。一馬くん」


「奥田の家に女の子が一人。僕より二つ上。優香ちゃん」


「それと僕」


 翼が言う。


「三人だけ?」


「そう。三人だけ」


 仁は笑った。


「だからいつも三人で遊んでた」


 子どもたちも興味津々で聞いている。


「遊ぶ場所はいくらでもあるんだよ。周りは全部山だし小さな沢もあるし」


「秘密基地とか作った?」


 翼が身を乗り出す。


「作った作った」


 仁は笑った。


「沢の辺りがね、ちょっとした岩場になっててさ。その近くに木を集めて小屋みたいなの作ったり」


「いいなー」


 翼が羨ましそうに言う。


「今度一緒に行ってみるか。久しぶりに」


「行きたい!」


 嬉しそうに翼が言う。


「今思うとけっこう危ない場所だった気もするなぁ。ただ、この歳になってそもそもあの辺まで行けるかどうかもわからないけど」


 富美代が横から言う。


「山の子どもってそういうものよね」


 仁もうなずく。


「学校はみんな出石の小学校に通ってた」


 忠史が少し驚く。


「え、毎日ですか?」


「うん、毎日」


 仁は当然のように言う。


「でも歩いて行くわけじゃないよ」


 少し笑う。


「送り迎えは渉のお父さんがやってくれてた」


 忠史が思わず言った。


「送り迎えって……」


 仁はその反応を見て少し面白そうに笑う。


「そうだよね。そこが気になるよね」


 子どもたちも仁の顔を見る。

 仁は少し姿勢を直した。


「当時はね」


 少し間を置く。


「渉のお父さんが“まひと様”だったんだよ」


 リビングの空気がわずかに変わった。

 仁は続ける。


「だから、村と外の世界を行き来できるのは基本的に渉のお父さんだけだった」


「具体的に、どうやって登校していたのか聞いてもいいですか?」


 忠史は思わず身を乗り出す。


「うん。学校へは毎朝渉のお父さんが車で麓まで連れて行ってくれてた」


「えっ? 車で?」


 忠史は驚いた。


「そう。車で。ただし、麓まで道があるわけじゃないからね。三人で車に乗り込んで黒い布を被るんだよ。そしたら、いつの間にか出石の町を走ってて学校に着く」


「僕たちが田舎へ行くときと一緒だね」


 翼が言う。


「えっ?」


 忠史はまたも驚く。

 仁は翼の頭をなでながら「家族で奥村へ行くときも今言ったことと同じでさっきの車で行くんだけど、その話しは後でするね」と、そう言って話を続ける。


「放課後は麓で待ってると迎えに来てくれるんだ。でもね……」


 仁は少し笑う。


「子どもの頃はそれが普通だと思ってた。自分たちの村が特別だなんて全然思ってなかったんだ」


 仁は忠史の方を見る。


「本当に不思議だと気づいたのはもう少し大きくなってからだね」


 ゆっくりと自分の子ども時代を思い出していた。


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