(19)仁の家2
忠史がソファに腰を下ろすと、仁はダイニングの椅子を一脚引いてきて向かいに座った。子どもたちは自然とその周りに集まる。
凛はソファの端に腰かけ、翼は床に座りテーブルに腕をのせている。そこへ、富美代がキッチンからお茶を持ってくる。詩は母親の横にぴったりくっついていた。
「どうぞ」
湯のみがテーブルに並び、湯気がゆっくり立ち上っていた。
仁は家族を見渡してから忠史の方を見た。
「今日は子どもたちにもあらためて話を聞かせたいんだ。一緒に居ていいよね?」
少し申し訳なさそうに言う。
「あ、もちろんです」
忠史は慌ててうなずいた。
仁は子どもたちを軽く見回す。
「この子たちもあそこには何度も行ってるからね。村のことはよく知ってるんだけど……」
少し言葉を選ぶように続けた。
「あそこの話はなかなか人には話せないからね」
忠史は静かにうなずく。
「だから、身内以外であそこを知ってる人っていうのは……たぶん初めてなんじゃないかな」
その瞬間、翼が勢いよく手を上げた。
「はじめてー!」
詩も小さく手を上げる。凛は少し大人びた顔で頷いた。
「だから、この子たちも今日を楽しみにしてたんだ」
仁は少し笑った。
富美代も頷きながら言う。
「ずっと、どんな人なの?って聞かれてました」
忠史は思わず照れくさくなる。
「いや、そんな……」
翼がじっと忠史を見る。
「どうやって村行ったの?」
ストレートな質問だった。
仁が軽く笑う。
「そうだね。まずそこから聞こうか」
少し姿勢を正す。
「そもそもどうやってたどり着いたのか。本人から聞きたいな」
リビングの空気が少しだけ静かになる。
忠史は湯のみを一度持ち上げ少しだけお茶を飲んだ。そして話し始める。
「えっと……最初は、遺跡を見に行こうとしてたんです」
忠史は続ける。
キャンプ場に泊まったこと。そこで滝の奥に「袴狭の第二集落がある」という噂を聞いたこと。最初は冗談みたいな話だと思ったこと。でも気になって山へ入ったこと。
「最初少し入って……とてもこの先に人が住んでるとは思えず引き返そうかとも思ったんです。でも……」
苦笑する。
「もう少し行ける、みたいに思っちゃって……」
「どのくらい歩いたの?」
凛が聞く。
「たぶん……一時間以上」
「えっ」
翼が声を上げる。
「一時間?」
「はい。山の中をずっと」
「すげー」
翼は素直に感心している。
忠史は少し遠くを見るように言う。
「途中で完全に方向がわからなくなって……正直、遭難するかと思いました」
「うわぁ……」
凛が小さく声を出す。
「それで、さすがにもう進めないかなと思ったときに……」
少し間を置く。
「子どもが……樹くんが居たんです。山の中に」
「え? いっちゃん?」
「すげー」
「ほんとに?」
「山の中?」
子どもたちが反応する。
仁と富美代は静かに聞いていた。
忠史は樹を追って村にたどり着いたこと。渉に会い、そして樹に誘われ中村家で夕食をいただいたこと。奥園家に泊まったことなどを順番に話した。話し終わるころにはリビングはすっかり静かになっていた。
仁がゆっくり頷く。
「ありがとう」
少しだけ笑う。
「本当に自力でたどり着いたということがよくわかったよ。僕はあの村出身だからそれがどれだけあり得ないことかよくわかる。あそこで村人以外の人なんて見たことないからね」
仁は背もたれに軽く体を預けて軽く息をつき、姿勢を戻した。
「じゃあ……」
テーブルに軽く手を置く。
「今度は僕の番だね」
子どもたちの視線が集まる。
「僕の生い立ちから話そうか」
仁はゆっくりと話し始めた。




