(18)仁の家1
週末の土曜日。
忠史は都営三田線・本蓮沼駅の改札を出て駅前の小さな広場に立っていた。雲はあるが空は明るく春らしいやわらかな日差しが差している。
駅前にはコンビニとドラッグストア、数軒の飲食店。どこにでもありそうな東京の住宅街の風景だった。
(ここに奥袴狭と繋がっている人が住んでいる……)
そう思うと不思議な気分になる。
スマホを取り出し仁にメッセージを送ろうとしたその時だった。
「忠史くん?」
背後から声がかかった。振り向くと一人の男性が立っている。三十代後半から四十代前半くらいだろうか。背は高めで落ち着いた雰囲気。柔らかい表情をしているがどこか理知的な目をしていた。
「あ、はい。はじめまして。遠藤忠史です」
忠史は慌てて頭を下げる。
「奥園仁です。会えてよかった」
軽く笑って手を差し出す。忠史も少し戸惑いながら握手を返した。
「そこに車停めてるから。徒歩だとちょっと遠いんだよ」
仁が顎で示した先、路肩に黒いワゴン車が停まっていた。
「すみません、わざわざ迎えに来てもらって」
「いいよいいよ。初めてだと場所わかりにくいしね」
車に乗り込むと仁がエンジンをかけた。車内にはかすかにコーヒーの香りが残っている。
「電車は迷わなかった?」
「はい、大丈夫でした。三田線は初めて乗りましたけど」
「この辺、地味でしょ」
仁は笑いながら車を発進させた。
駅前を抜けるとすぐに住宅街になった。
静かな道。
小さな公園。
ベランダに干された洗濯物。
忠史が何気なく窓の外をていると仁が話しかけてきた。
「おやじからも電話あったよ。忠史くんに会ったか?って」
「え、そうなんですか」
「村に辿り着いた学生なんて、たぶん初めてだからね」
仁の言葉に忠史は少し照れたように笑った。
「でも本当にびっくりしました。あんな場所があるなんて」
仁はちらりと忠史を見る。
「うん。びっくりするよね」
それ以上は何も言わなかった。
車は住宅街の中をゆっくり進み、やがて一軒の家の前で止まった。二階建ての一戸建て。新しすぎず古すぎもしない。庭には小さな花壇があり、玄関の横には子ども用の自転車が三台並んでいる。
「着いたよ。ここ」
エンジンが止まる。
忠史は軽く息を吸った。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。たぶんみんな待ってる」
仁が玄関のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
奥から声が聞こえ、すぐに一人の女性が現れる。柔らかな雰囲気の人だった。
「いらっしゃい。遠藤さんですよね」
「はい、遠藤忠史です。今日はお邪魔します」
「奥園富美代です。よく来てくれました」
にこやかに頭を下げる。
その後ろからばたばたと足音が聞こえてきた。
「お客さん来たの?」
三人の子どもたちが顔を出す。
「こんにちは」
元気よく声をそろえる。
「こんにちは」
忠史も思わず笑顔になった。
「長女の凛。中一」
少し背の高い女の子が軽く会釈する。
「真ん中の翼。小四」
元気そうな男の子がじっと忠史を見上げている。
「末っ子の詩。小一」
小さな女の子が少し恥ずかしそうに母の後ろに隠れた。
「大学生なんでしょ?」
凛が興味津々で言う。
「なんかすごい」
翼も感心したように言う。
「ほらほら、玄関で立ち話しないの」
富美代が笑いながら言った。
「どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
靴を脱ぎ廊下を進む。家の中は明るくどこか温かい空気が流れていた。リビングからはテレビの音と、さっきまでの生活の気配がそのまま残っている。
「こっちこっち」
仁がリビングへ案内する。
大きめのソファとダイニングテーブル。
壁には子どもたちの写真。
棚には本やアルバムが並んでいる。
「どうぞ、座って」
仁がソファを指した。
忠史は少し緊張しながら腰を下ろした。
いよいよ――
奥袴狭の話が始まりそうだった。




