(17)仁との電話
昼休み。大学の中庭は学生たちのざわめきで満ちていた。
ベンチでは弁当を広げるグループ。
キッチンカーの前にできる列。
遠くでサークル勧誘の声。
忠史は建物の陰、少し人通りの少ない場所を選んで立ち止まった。手の中のスマホが少し重く感じる。
深呼吸。
そして奥園仁の番号を押す。
コール音。
一回。
二回。
三回。
――カチリ。
「はい、奥園です」
低すぎず高すぎず、落ち着いたよく通る声だった。電話越しでもどこか整った印象を受ける。
「あ、あの……遠藤忠史と言います。突然の電話ですみません」
「あー、忠史くん。電話待ってました」
声にわずかな笑みが混じる。
「自力で村にたどり着いたんだって? すごいね」
背後で誰かが笑う声。キャンパスの現実が急に遠のく。
「あ、いや……遭難しかけてましたが……」
苦笑いしながら答える。
仁が小さく笑う気配がした。
「でも辿り着いた。すごいことだよ。何か縁があるんだろうね」
一瞬、言葉が止まる。
縁――。
忠史は思わず周囲を見回す。
芝生の上で寝転ぶ学生。まぶしい日差し。すべてがいつも通りなのにこの会話だけが異質に感じる。
「で、いろいろ話が聞きたいってことなんだよね?」
「あ、はい。そうなんです。とにかく混乱してて……自分でも整理がつかなくて……」
声が少し早口になる。
仁は急かさない。
「それはそうだよね。うん。平日はなかなか仕事を抜けられないけど土日は休みだから大丈夫だよ。さっそく今度の週末来るかい?」
背後でチャイムが鳴る。次の講義が始まる合図だ。
「ありがとうございます。是非伺いたいです」
「ウチは板橋。最寄り駅は本蓮沼。駅に着いたら連絡して。迎えに行くよ」
板橋。
本蓮沼。
一気に具体的な地名が出てきて少し安心する。ちゃんと東京の話だ。
「わかりました。午前中に伺います。連絡入れます」
「それじゃ、週末に」
通話が切れ画面が暗くなる。
忠史はしばらくその場に立ったままだった。そしてゆっくりと息を吐いた。奥袴狭と東京をつなぐもう一本の線が引かれた気がした。
「ちゅうちゅう! 何やってんだ。始まるぞー!」
遠くから吉岡の声。
「あ、今行く!」
スマホをポケットにしまい教室へ向かう。歩きながらふと思う。
もしかして――
あの村に辿り着いた時点で、もう何かが始まっていたのかもしれない。




