(5-36)三つの小さな玉
家へ戻ると、ちょうど夕食の時間だった。
居間にはおせち料理が並び、湯気の立つお雑煮の香りが部屋いっぱいに広がっている。外はすっかり日が落ち、冬の夜の静けさが窓の向こうに広がっていた。
「ただいま」
「おかえり」
忠史は手を洗い、いつもの席に座る。
どこかほっとする空気だった。
昼間は真庭の山で信じられないような出来事ばかりが続き、奥袴狭ではその出来事を渉たちに話し、さらに「真日子」という言葉まで知った。
あまりにも濃い一月一日だった。
箸を手に取りながら、忠史はあらためて浩子と美樹へ山で起きたことを話し始めた。
大きな岩があったこと。
樹が迷いなく「ここだ」と言ったこと。
黒い玉を地面へ置くと、土が自然に受け入れるように玉が沈んでいったこと。
そして、そのあと周囲の木々がゆっくりと動き始めたこと。
最後に樹が根っこから「お日様が七回昇ったらまたおいで」と言われたこと。
「えー、なにそれ!」
「うっそー!」
「いっちゃんすごい!」
美樹は何度も声を上げ、浩子も驚いたり笑ったりしながら話を聞いていた。
忠史も、話しているうちに少しずつ自分の中で整理されていくような感覚があった。
ただ。
光に包まれたこと。
「まひこ」という声を聞いたこと。
そのことだけは話さなかった。
まだ自分の中でも言葉にできるものではなかった。
話が一段落すると、浩子が箸を置いて忠史を見た。
「木々が動き出したって……本当なの?」
その問いは、ごく普通の反応だった。
「もちろん、ものすごくゆっくりだよ」
忠史は静かに答える。
「でも、見間違えじゃないと思う……何かが起きてる気がするんだ」
「うーん……木が動くって言われても、さすがに信じられないかなぁ」
美樹は首をかしげた。
忠史は苦笑した。
「うん。それが普通だと思う。自分でもまだ信じられない」
少し考えてから続ける。
「それに、あの黒い玉が勝手に土の中へ沈んでいったことも信じられない。別にぬかるんでる場所じゃないんだ。普通の地面に置いただけなのに……」
その時だった。
「あ、そうそう」
浩子が何かを思い出したように立ち上がる。
「忠史、不思議なことといえばね……」
和室へ行き、しばらくして巾着を持って戻ってきた。
黒い玉を入れていたあの巾着だった。
浩子はテーブルの上へ巾着を置き、口を開く。
「これ、玉は真庭に置いてきたでしょ」
「うん」
「でもね……」
巾着の中へ手を入れ何かを取り出した。
そこには、小さな玉が三つあった。
黒い。
深い緑を内側に秘めたような黒。
大きさはビー玉ほどしかない。
しかし、その姿は真庭へ還したあの黒い玉とまったく同じだった。
「これが入ってたの」
浩子が静かに言う。
忠史は言葉を失った。
「……え?」
ゆっくりとその玉を手に取る。
冷たい。
そして、どこか懐かしい。
三つの小さな黒い玉は、夕食の灯りを受けて静かにそこにあった。
まるで、まだ何かが始まろうとしていることを告げるように。
ここまでを「捲る人(第五章)」にしようと思います。
今度こそ締めるつもりだったのですがまたしても締められず。。。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もう終盤ですので、最後まで読み続けていただけると幸甚です。




